海の日。
午後2時過ぎ。
愛と利比古のご両親の家に来ている。
現在、愛と利比古のお母さんとふたりきりだ。
『海の日は仕事休みになるんですってね? わたしんち来ない? 夫は用事があって横浜に行ってるから、わたしと1対1の『サシ』状態になるけど、是非来て欲しいわ。アツマくんが『サシ』状態で緊張しちゃったりしても、わたしが肩の力を抜かせてあげるから』
愛と利比古のお母さんたる心(シン)さんがそう電話してきたのである。
電話で押し切られた格好になり、訪問せざるを得なくなったワケだ。
さて、ダイニングテーブルで、偉大なるお母様の心(シン)さんと向かい合っている状態。
ちなみに、お母様の下の名前は「心」と書いて「こころ」と読むのだが、『「心(シン)さん」って呼んでよ〜』と本人からお願いされていたので、「シンさん」と呼んでいるのである。
ややこしい説明になっちまったな……と思いながらコーヒーカップを口に持っていく。
コーヒーを口に含んだ瞬間、
「今でもプールで泳いでるの?」
と訊かれる。
少し戸惑いながらも、
「前よりも頻度は落ちましたが、仕事が無い時は、それなりに」
と答え、コーヒーカップを置く。
「そうなの」
シンさんは楽しげに、
「偉いわねえ」
と言ったかと思えば、
「英会話どのくらいできるの?」
と次のクエスチョン。
おれが英米文学専攻だったのは当然ご存知だ。
「外国人観光客に道案内してあげたコトは?」
「あります。時々は。でも、英語で道案内とかは、愛の方が得意です。あいつの方がおれより英語できるんで」
「わたしは娘よりも、もっと英語が上手よ?」
ぬぬっ。
「海外赴任の時、日常的に使ってたんだもの」
「な、なるほど。それなら、守(まもる)さんも当然、英語が大変お上手で……」
「夫の方はどーかしらねぇ?」
「え、ええっ!?」
もてあそぶように、
「今のは冗談よ。わたしのユーモア。学生時代は、あのヒトよりは英語できてたと思うけど」
「んんっと……。シンさんって、東京都西部の少人数教育で有名な私立大学のご出身で」
「そーよ。『I』で始まる英語3文字の略称の某大学ではないんだけど」
「そ、そうみたい、ですねえ」
「ずいぶん目線が下に向いちゃってるわね」
自ずと縮こまってしまい、「すみません」と弱く謝る。
すると、追撃の手を緩めないかのように、
「ねえねえ、アツマくんって、週に何回ぐらい愛にゴハンを作ってあげるの?」
と、クエスチョンを投げかけてくる。
ドッキリとした後で、体温が上がる。
先週、おれは夕食当番を何回担当したのか。それが思い出せなくなる。
「困ってるわね。初々しいわ」
初々しい……。
彼女にとって、おれはそんなに青二才に見えるのか。
中身が残り少なくなったコーヒーカップを見つめ、
「すみません。上手く答えられなくて」
「謝ってばかりじゃイヤよ。あなたが辛くなる一方なのを見たくないの」
どうすれば良いのか。
胃袋に鈍痛。
「それにしても」
シンさんが、
「あの子があなたに迷惑かけてないか心配だわ」
と言う。
顔を上げてみると、シンさんの柔和な顔が見える。
「愛が、ですか?」
おれは、
「面倒くさい性格なのも事実ですけど、あいつのおかげで助かってるコトの方が多いですよ」
とホントのトコロを答える、のだが、
「ホントぉ?」
と、前のめりで、おれを試すように、訊いてくるシンさん……!
× × ×
その後しばらく、おれと愛の「ふたり暮らし」にまつわるクエスチョンが続く。
おれはダイニングテーブルの椅子に縛りつけられたような感覚になる。
腰痛などは抱えていないはずなのに、腰の辺りがぐぐぐ、と締め付けられるような感触……。
インターホン。
愛がやって来たのだ。
締め付けの感触が若干緩和される。
ダイニングに足を踏み入れてくるなり、
「お母さん!? アツマくんにヘンなコトしてないわよね」
と、腰の両側に手を当てて、母に迫る。
「してないわよー」と愛母。
「半信半疑だわ」と愛。
「アツマくんがちょうどあなたのコトをホメてたトコロなのよ?」
「な、なにそれ」
「作ってくれるフレンチトーストが美味しいって」
「……」と愛はうろたえて無言。
そんな愛にジーッと視線を送ってから、
「あなたも頑張ってるみたいね。『ふたり暮らし』の様子がもう少し知りたくなってきたわ」
と愛母。
娘の方は早口気味に、
「わたし彼を早く連れて帰りたいんですけど」
「急かさないでよ。パートナーの隣に座って、コーヒーでも飲んで落ち着きなさいよ」
「彼は明日は仕事なのよ。しかも早番なの」
「お外はまだ全然明るいじゃないの」
「明るくてもっ!!」
「カルシウム不足ねえ。コーヒーにミルク入れないからじゃないの?」
「ななななななっ」
……タハハ。