小路瑤子(こみち ヨーコ)。高校時代の同級生の親友。関西のとある外国語大学に通っていて、夏休みなので帰省中。そして今日は、猪熊家を訪問中。
複数のスナック菓子を購入して家に持ち込んできたヨーコが、テーブル上の大皿に袋の中身をどばぁ、と放流する。ポテトチップスを放流した上に某・とんがりコーンを放流していくヨーコ。わたしたちふたりだけで食べ切れるのかしら?
わたしの部屋の入り口ドアに背を向けて腰を下ろしているヨーコ。向かい合っているわたしは、
「どこまでスナック菓子を欲してるの、って感じね」
「なにそれ」
苦笑いしつつ、
「これが普通だから、わたし。黄色っぽいお菓子と焦げ茶色っぽい炭酸飲料が好きなんだよ。亜弥(あや)だったら分かるでしょ?」
黄色っぽいお菓子、ねぇ。
「黄色っぽいお菓子はスナック菓子だけじゃないでしょう。クッキーだとかビスケットだとか」
「ぐぁー、亜弥にツッコまれた」
なにかしらその反応。
「相変わらずのツッコミキャラだねえ。あんたのそのツッコミは関西でも通用しそう」
なにを言うやら……。
反撃したくて、
「上方文化(かみがたぶんか)って言うのかしら? お笑いだとか、大阪あたりの娯楽のコトはあまり知らないけど」
と言い、右手で頬杖をつき、
「それはそうと」
と言い、コップにコーラを注(そそ)ごうとしていたヨーコを直視しつつ、
「あなたもだいぶ関西に染まってきたみたいね。わたし気付いてるわよ。あなたの話しぶり、関西人っぽくなってきてる」
ヨーコが危うくコーラをこぼしそうになった。
「どどどーゆー意味、亜弥っ!?」
「アクセント」
「アクセント!?」
「あなたもわたしと同じく放送部の主力だったんだから、アクセントには敏感だと思ってたんだけど。アクセントの置き方が、東京(こっち)の置き方というより、関西の置き方になってきてる」
「わたし、関西(あっち)でも、関西弁なんか使ってないよ?」
「使ってなくても、自覚無いままに、染まるものよ」
ヨーコは少しふてくされて、
「なーんか訳知り顔って感じだねぇ」
と、自分の後ろに両手をつく。
「そりゃー、あっちでの生活には、かなーり慣れてきてるんだけどさぁ」
そう言いながら、右手を大皿に伸ばし、ポテトチップスをつまみ、眼を閉じながら口を大きく開け、ポテトチップスを口の中に持っていく。
ぱりぱりとポテトチップスを食べるヨーコが、ぐいっとコーラを喉に流し込むのを見届けてから、
「内海(うつみ)くんとの『おつきあい』にも慣れたの?」
と、言ってあげる。
ゴホゴホ!! とまさにテンプレートな咳き込みリアクションを見せてくれるヨーコ。
キモチを落ち着かせ切れないままに、
「なんなの亜弥!? いきなり会話のトピック変えないでよ!? しかも、ウッツミーとの、お、おつきあい、だなんて……!」
ウッツミー。内海くんにヨーコが付けたニックネーム。
「わたしは事実に即してるだけよ?」
コーラを飲んで酔うワケも無いのに、ほっぺたが赤くなってきたヨーコは、
「あんたがそんなイジワルだなんて思わなかった」
と、うろたえ混じりの声で言う。
「そう? 申し訳無いわね」
わたしは心穏やかに大皿に右手を伸ばし、心穏やかにポテトチップスをつまむ。心穏やかにポテトチップスを咀嚼(そしゃく)してそれから、
「内海くんは関東に残った組(ぐみ)だから、遠距離の交際となってしまったワケだけど。それでも、月イチぐらいで、彼の方からヨーコのもとに来てくれて、睦(むつ)み合う」
「……そのイヤらしさは何かなぁ、亜弥」
「イヤらしくなんか無いわよ」
わたしはさらに、
「今だって、あなたは帰省中なんだから、もう何回も彼と出会ってるのは明白」
「そんなに何回もじゃないよっ!」
突っぱねて、
「まったくもう」
とスネるヨーコの可愛らしさ。
出会ってるのは素直に認めるのね。
ところで、
「去年は残念だったけど、彼は、今年の養成所試験にはもう出願してるのかしら?」
「してるよ。試験は秋だよ」
すぐに答えてくれたヨーコ。
「ボートレーサーになるのがどれだけ難しいのか、わたしに分かるワケも無いんだけど……」とわたしは言いつつ、向こうの反応をうかがう。
ヨーコは、真面目な眼になって、
「きっと突破するよ、ウッツミーなら。突破して、養成所に入った後が、また大変なんだけど。養成所を無事に出て、ボートレーサーとしてデビューできても、危険と隣り合わせで」
「あなたが信じて応援してる限りは……大丈夫よ」
優しい温(ぬく)みを籠(こ)めた声で、ヨーコに言ってあげる。
部屋に、しみじみとしたモノが産まれてくる。
しみじみとした空気の流れの中で、ヨーコが、ポテトチップスを3枚同時につまんで、またぱりぱりとした後で、
「アイツ、埼玉出身で、デビューできたなら埼玉支部ってコトになる。埼玉の戸田にボートレース場があるから、そこをホームにして。ホームプール、って言うらしいんだけど」
「待ち遠しい?」
「そりゃもう。デビューした時にはバリバリ舟券(ふなけん)買えるようになってるんだから、アイツの舟券しこたま買ってやるよ」
「のめり込みに注意よ」
「……あたりまえ。」
コーラをほとんど飲み切ったヨーコがコップを置き、わたしに笑いかける。
わたしはすぐに笑い返す。
しばらく、見つめ合う。
本当に良い雰囲気。
弟のヒバリが、空気を読まずに、ヨーコの背後のドアをノックしてくるコトも無い。
あなたが大人しくて本当に助かるわ……ヒバリ。そのまま、自分の部屋で夏休みの宿題をやっていてちょうだい。くれぐれも、わたしたちの空気を破壊しに来ないようにね。
もし、あなたが、空気などお構い無しに踏み込んで来た暁には……姉オリジナルのペナルティを課してあげるわ。