エラ・フィッツジェラルドというジャズボーカリストの歌を聴いていた。
歌声が楽器みたいだ。
× × ×
CDをラジカセから取り出し、ケースに収納する。
そしてそれから、あらかじめ勉強机の上に置いておいたノートパソコンのスイッチを押す。
ビデオ通話を起動させて、小路瑤子(こみち ようこ)を待つ。
× × ×
ヨーコが画面に現れた。
「やぁやぁやぁ、亜弥」
絶対に低血圧とは無縁よね、ヨーコ。
まだ朝なのに、こんなにテンションが高くて。
「前期終わった?」とヨーコ。
「終わったわ。ヨーコ、あなたは?」
「無事終了」
「そうなの。良かったわね」
「なーんか、そっけないねえ、亜弥。眠いの??」
「違うわよ。これがいつものテンションよ」
「ほほー」
なによ、ヨーコ。
「またひとつ、オトナの階段のぼったね、あんたも」
なに。
なにそれ。
「話に脈絡がない気がするんですけど」
わたしはツッコミを入れる。
当然のごとくヨーコはニコニコとしている。
そんなヨーコに、
「ところで、あなたが大阪生活を始めてから、4ヶ月が過ぎたわけだけど」
「わけだけど??」
「まだ大阪っぽくなってないみたいね」
「え、詳しく」
「あなたみたいな子はすぐに関西弁に馴染むものだと思ってたんだけど。喋りかたが全然関西弁に近づいてない」
「えー、人それぞれじゃん? 関西弁とかに馴染むペースなんて」
「それはそうだけど……」
「亜弥こそ、相変わらずだよねえ」
「?」
「喋りかただよっ。――タメ口の亜弥って、すっごく個性的だと思う。今どきの大学1年生でそんな喋りかたする人間なんて、滅多に見つからない。レアキャラの中のレアキャラだよ」
「……からかわないでよ」
ほんとうに、もう。
「からかってないよ」
「信用できないわよ」
「ほらっ、今みたいな語尾~」
「ヨーコ!!」
「怒らない怒らない。
あのね、亜弥?
あんたは、そのタメ口の喋りかたを、大事にするべきだよ」
……なにを言うの。
「あのさぁ」
ヨーコが、微笑みながら、
「そういう喋りかたを大切にしていれば……羽田くんだって、振り向いてくれると思うよ??」
× × ×
『突然彼の名前を出さないで!!』と、2階全体を震わせるような声の大きさで絶叫してしまった。
ヨーコは、羽田利比古くんの誕生日(8月14日)が迫っているという事実を利用して、さらにわたしをからかってきて……。
× × ×
「……欠点の多い親友を持ってしまったものだわ」
「どうしたんだ姉ちゃん?? だれに向かって喋ってんだ」
自分自身の長い髪をもてあそびつつ、弟のヒバリの顔を見ることなく、
「ヨーコに関するヒトリゴトよ」
と言う。
「ヨーコさん、か」
「? ヒバリも気になるの? ヨーコのことが」
思わず目線を弟に向けてしまう。
わたしの弟はペットボトル麦茶をグイ、と飲んで、それから、
「『借りっぱ』になってたんだよ、マンガ。ヨーコさんから」
え。
『借りっぱ』。つまり、借りっぱなしということ。
ヒバリが、ヨーコから、漫画本を借りていたということ。
不可解ね……。ヒバリ、いつヨーコと接触したのかしら?
気になって、
「ねえ。あなたいったいいつ、ヨーコと漫画本の取り引きをしたの?」
「……」
「だ、黙らないでよっ」
「……姉ちゃんには、教えたくないかな」
なによそれ。
大阪まで行ってきて、ヨーコに漫画本を返して来たら!?