日曜日。
6時25分に起床。
『パッヘルベルのカノン』などが収録されたCDをラジカセにセットし、再生ボタンを押す。
ベッドの上で横向きに寝そべりながら演奏を聴く。
CDの再生終了後、今度はベッドに腹ばいになって、文庫本を読み始める。
父親を探すために旅を続けていた小説の主人公が『螺旋状の街』に入ったところで、なにやら言い争っている声が部屋の外から聞こえてくる。
だれが言い争っているのかというと、弟のヒバリとお母さんが言い争っているのである。
きっとダイニング・キッチンで親子ゲンカでもしているんだろう。
「こりないわね……」とひとりでに呟いてしまうわたし。
小説を読み進める気になれず、文庫本に栞(しおり)を挟んで、身を起こす。
時刻は8時になろうとしていた。
× × ×
弟のヒバリは13歳で反抗期だ。
ずいぶん低くなった声が、反抗期の生意気さに拍車をかける。
ちょっと前まで、あんなにコドモだったのに。
あっという間に反抗期の色に染まってしまった。
5歳上の姉として、どう接していくべきか?
わたしは基本的に、弟に対しては厳しい。
だけど、アメとムチというコトバもあるし、たまには甘く接してあげてもいいのかもしれない。
弟は思春期の入り口に立っているのだ。
デリケートな時期のヒバリを、ムチで叩き過ぎてしまったら――良くない方向に傾いていってしまうのかもしれないし。
× × ×
お昼前。
ダイニング・キッチンで読書をしていたら、ヒバリがやって来た。
文庫本から眼を離し、冷蔵庫に近づいていくヒバリを見上げる。
また身長が伸びた。
去年の春先は、163センチのわたしよりも10センチ以上低かったのに。
あっという間に伸びた。
身長の伸び。
声変わり。
ヒバリが……劇的に変わっていっている。
『なんだよ姉ちゃん?? おれの顔にゴキブリでもついてるんか』
あ。
まずい。
ジットリと見ていることに、気づかれてしまった。
……それにしても、
「ゴキブリなんて、ついてるわけないでしょう。冗談で言ったのよね?」
「半分な」
「半分って。あなたねえ……」
姉に構うこと無く、弟はミネラルウォーターをがぶがぶと飲む。
「……お母さんとは、仲直りできたの?」
訊いてみる。
「できてない」
ダメじゃないの。
「ダメじゃないの。謝らないままは、いけないわ。今日中に『ごめんなさい』しないと」
コップをカツン、と置いて沈黙する弟。
「ねえ、ヒバリ。謝る勇気が出ないのなら、わたしがいっしょに謝ってあげましょうか」
「は!?」
「そんなリアクションはやめて」
舌打ちの弟に、
「わたしといっしょにお母さんのところに行きましょうよ」
「……行くって、今??」
「『善は急げ』ってコトバがあるのよ」
「ふーん」
ちょっとっ。
顔を逸らさないで。
あなたの問題なのよ。
3分間、顔を逸らしたまま、ヒバリはうんともすんとも言わなかった。
キッチンの窓に眼差しを向けるヒバリ。
やがて、
「なあ、姉ちゃん。謝りに行くのもいいんだけど」
「はい??」
「おれ、姉ちゃんのことで、ひとつ気になることがあって」
なんなのよ。
お母さんに謝りたくないがゆえの、時間稼ぎ??
いったんは逸らした目線を、わたしに寄せていくヒバリ。
その目線の寄せかたに、不穏当なものを感じ始めてしまう。
「気になること」?
とんでもないことを言ってくる悪寒しかしない。
春めいた気温の高さとは正反対の寒気(さむけ)を背中に感じてしまう。
ヒバリが怖くなり始める。
けれども……わたしの状態なんてお構い無しに、反抗期真っ只中の弟は、
「姉ちゃんさ。――好きな人、できたんか?」
立ち上がっていた。
反射的に、椅子から立ち上がっていた。
それから、
「い、い、いきなりなんてこと訊くのっ、ヒバリっ」
と迫って、
「こんな場所で、そんなこと訊かないでよっ」
とさらに迫って、
「あと、『できたんか?』って、なに!? 好きな人が『いる』と『できる』じゃ、ニュアンスが違うわよね!? どうして『できる』なんていう表現を使ったのよ」
とさらにさらに迫って、
「あなた、どういう眼でわたしを見てたの。そんなに様子がヘンなように見えてたの、様子がヘンなように見えてたから、『好きな人ができたのかもしれない』っていう邪推(じゃすい)が――」
「姉ちゃん。落ち着け落ち着け」
「無理よ。こうやって、あなたの両肩に手だって置くわよ」
「おいおーい」