【愛の◯◯】創作している女子(ヒト)は1人だけではなく

 

旅行ガイドブックの類(たぐい)で埋め尽くされている棚があった。その棚を興味深く見つめる。「るるぶ」だとか「地球の歩き方」だとか、わたしのマンション部屋(べや)の本棚にはほとんど入ってないものね。新鮮。

それから、CD棚に眼を移す。意外と言ったら失礼だけど、比較的硬派なミュージシャンのアルバムが並んでいると思った。『八木さんもなかなかやるなぁ』と思う。音楽の趣味の良し悪しだけで人を値踏みしてはいけない。だけど、八木さんのCD棚を見てホッとした気分になったのは事実だし、彼女へのリスペクトの度合いが上がった。

ドアが開く音がした。八木八重子(やぎ やえこ)さんがコーヒーカップの2つ載ったお盆を持って入ってきた。

「インスタントでゴメンね」

「いえいえ」

「羽田さんは砂糖もミルクも入れないよね? わたしよりオトナだなぁ」

「またまた~。社会人の八木さんの方が絶対オトナですって」

八木さんは腰を下ろし、小さなテーブルの上にコーヒーカップをことん、と置く。

「素直に嬉しいよ、そう言ってくれて。……ところで、わたしの本棚やCD棚はショボくなかった? 羽田さんから見ると物足りないラインナップだったんじゃないかなーって」

わたしは八木さんに身を寄せていく。

「物足りなくなんか全然ありませんから。本棚もCD棚もすごく魅力的でしたよ」

同じ女子校を出た尊敬すべき先輩たる彼女の間近で告げてあげる。

告げられた八木さんが少し照れる。

「八木さんって小説を書いてるんですよね? わたしなんて創作活動をする気なんか少しも起こらないのに。創作しよう! って意志がある時点でスゴいってレベルを超えてます」

もっと照れさせたくて言ってみた。八木さんのほっぺたが明確に赤くなった。

 

× × ×

 

小説執筆の進捗状況を八木さんは報告してくれた。

「無闇にアドバイスしない方がいいですよね」とわたし。

「葉山が『編集者』になってくれてるしねぇ」と八木さん。

「葉山先輩なら安心。読み巧者であるのは間違いないんだから」

「葉山みたいな存在が身近に居るってすっごく恵まれてるんだよね。あそこまで文学に詳しい女子もなかなか居ないんだし」

その通りだ。

「女子校の同期として葉山先輩とめぐりあったこと自体が、奇跡的なめぐりあいだったんだと思いますよ」

言われて、八木さんはしみじみと頷(うなず)く。

感慨深い表情が10秒間ぐらい続き、それから、

「葉山といえばさぁ……」

と言いながら、徐々に愉快げな表情になっていく。

「羽田さんもとっくに知ってるよね。葉山は葉山で創作活動に手を染めてるってコト」

「ポエムですか」

「ポエムだよ」

「八木さんはたぶん、葉山先輩の最新の『ポエムノート』を既に眼にしてるんですよね?」 

「してるしてる! 葉山の『ポエムノート』、どんどん余計なデコレーションが増えてるんだよ。この前葉山は24歳になったけど、まるで12歳みたいなデコレーションのセンスだった」

「それは興味深い。わたしもなんとかして彼女の最新ポエムノートが見てみたいです。でも、もしかしたらセンパイに抵抗されちゃうかな……」

「強奪すればいいじゃん」

「それはちょっと可哀想かも」

「葉山の抵抗には、強気だよ。強気に出れば、羽田さんなら屈服させられるよ」

「なんだか八木さんの言い回し、物騒かも」

「そう言いつつも『その気』になってきてるんでしょ? 笑顔が物語ってるよ。誤魔化せないよ」

「するどいですね~」

「するどいよ」

八木さんのとっても愉しそうな笑みが眼にうつる。

わたしも八木さんと同じくらい愉快な気分。

だから、気付けば……笑い声を漏らしつつ、満面の笑顔を互いに見せ合っていた。