わたしより1学年下の男の子と2学年下の女の子が邸(いえ)に来ている。古性(こしょう)シュウジくんと敦賀由貴子(つるが ゆきこ)ちゃん。どちらもおねーさんが幹事長を務めているサークルの会員だ。
実はシュウジくんと由貴子ちゃんは高校も同じだった。先輩であるシュウジくんを追いかけるように? 由貴子ちゃんも大阪から上京してきたとか。
今、シュウジくん&由貴子ちゃんの『大阪コンビ』は並んでソファに座り、真向かいの梢(こずえ)さんと会話に花を咲かせている。わたしはその様子をチラ見しながらリビングを通り過ぎた。
シュウジくんは何だか戦前の小説家や歌人を思わせる外見である。おねーさん曰くサークルでおねーさんの次に文学に詳しいらしい。相当な文学青年ということだ。
彼の横で微妙に間隔をとりながら座っていたのが由貴子ちゃん。可愛らしい女の子だ。わたしより2段階ぐらい可愛らしいコーディネートでソファに座っている。わたしが幾ら全力で可愛いお洋服に身を包もうとしたとしても敵わないだろう。
リビングを通り抜けたわたしは外の庭に出て、ウッドデッキに腰を下ろして花壇をボヤーンと眺め始める。『着ている服も顔立ちもわたしより可愛らしい由貴子ちゃんはどんな花が好きなんだろう?』だとか余計かもしれないことを考えたりする。
シュウジくんと由貴子ちゃんを呼んだのは梢さんだった。決め手はふたりが大阪出身であること。梢さんは梢さんの大学で『西日本研究会』というサークルに入っている。おぞましさすら感じられるサークル名だとわたしは思うのだがそれはそうとして、西日本を積極的に研究していくのがサークルの活動趣旨なのだから、大阪出身の若い子の話を聴けるチャンスが出来たのは僥倖(ぎょうこう)だったわけだ。
11月14日のおねーさんバースデーパーティーの時に邸(いえ)に初訪問してきた大阪コンビを見逃さず、梢さんはその場で既に声を掛けていた。
× × ×
ダイニング・キッチン。
「まだ名残惜しいよ」
昼ごはんの関西仕様のきつねうどんを余すところ無く食べ終えた梢さんが苦笑いで言う。午前中で帰ってしまった大阪コンビに未練があるのだ。
少し遅れてわたしもきつねうどんを完食する。関西仕様のうどんのツユはビックリするぐらい薄味だった。黒々としたツユの中に白いうどんが浮かんでいる関東風がガッツリ系麺料理に思えてしまうぐらい。それぐらい淡白。シュウジくんや由貴子ちゃんはこんなうどんを日常的に食べていたんだな……。
わたしが丼(どんぶり)を見つめていると、梢さんが、
「大阪の鉄道のことも、大阪の放送局のことも、大阪の商業施設のことも聴けたから、概ね満足なんだけどね。だけどやっぱり、もっとディープな情報を入手したかったな。彼も彼女も用事が午後からあったんだから仕方ないんだけど」
「ディープな情報って?」
わたしが訊くと、
「例えば、大阪環状線でいちばんマイナーな駅はどこか? とか」
「大阪環状線……。山手線の大阪バージョンみたいなものでしたっけ」
梢さんは左人差し指を振りながら、
「ちっちっち。山手線とは微妙に違うんだな、コレが」
「ど、どんな風にですか」
「――それから、テレビ大阪が制作してる関西ローカルな番組だとか」
あ、ああっ、流された。
「テレビ大阪の話題は利比古くんも食いつくだろうねえ。私以上の放送局オタクなんだから」
……利比古くんの名前を出してきますか。
「今度は利比古くんも交(まじ)えて、4人で関西地方の放送局トークでもするか~」
完全に梢さんペースな食後のトーク。
ゆえに、思わず、
「どうしようもないですね」
という感想がわたしの口からこぼれてしまう。
「どうしようもなくないよぉ」
苦笑いしながら、梢さんは軽く反発。
「あすかちゃんは、利比古くんの放送局フェティシズムも理解してあげてると思ってたんだけどな」
難解なことを言ってくるから、
「なんですか、それ」
と、わたしも苦笑いで。
「利比古くんのシュミもリスペクトしてあげなよ、ってコト」
と梢さん。
「エーッ」
と返すわたし。
簡単には彼のシュミを認めたくない。認めちゃったら『負け』な気がするし。
だから、
「リスペクトなんて、できっこないですよ~」
と言う。
「ふうーん」
梢さんは、右手で自分のアゴを触る。
それから、意味深長な眼つきで、だいぶ前のめりな姿勢になってわたしを見てくる。
不穏なコトを言われるんじゃないかと思うと、何も言えなくなってしまった。
きつねうどんを食べていったん温まったカラダが冷えていく。
「じゃあ、どうなったら、リスペクトできるのかな?」
梢さんが発したコトバにわたしはうろたえて、
「ど……どうなったら、っていうのは」
「あすかちゃんと利比古くんの間にどんなコトが起こったら、あすかちゃんに利比古くんのシュミをリスペクトするキモチが産まれてくるのかな、って」
そして彼女は、
「変化。変化が、見てみたいかも」
変化?
変化ってなに。
もしや、関係性の変化ってコト!?
関係性なら……関係性なら、利比古くんが邸(ここ)に住むようになった時から、かなり変容しているし。
これ以上関係性が変わるのなら。その時は。
その時は……その時は……!!
「ありゃー」
梢さんの声。
ブンブン首を横に振るわたしは梢さんの顔が見られない。でも、彼女が呆れつつ微笑(わら)っているのが容易に想像できてしまう。
「そんなに首を横に振りまくってると疲れちゃうよ?」
……余計なお世話です!!