【愛の◯◯】後輩女子とバッタリ会って◯◯

 

高輪(たかなわ)ミナが寄り道したまま戻ってこない。昼飯を食った後で散歩していたらいつの間にかどこかに消えやがった。昔からこういう悪い点は変わっていない……!

12月の昼下がり。明らかに冬の空気だ。時折吹く風がおれを冷たくする。高輪も戻る気配が無いし独りで立ち尽くしているのが本当にツラい。

本当に本当に途方に暮れていた。

すると背後からいきなり、

『郡司(ぐんじ)センパイじゃないですか!! 凄い偶然』

という女子の声が聞こえてきたのだ。

ビビって振り向く。

黒髪ストレートの凛々しい眼。穿いているのはジーパン。ジーパンがトレードマークのような年下女子。

大井町侑(おおいまち ゆう)であった。

大井町は現在4年生で卒業間近だ。某サークルでおれの1個下の後輩だった。

かなり「当たり」の強い性格の女子だと思っていた。同期男子の新田にしょっちゅう厳しいコトバを投げつけていたし、同期女子の羽田愛とはピリピリギクシャクしたりしてなかなか仲良くなれていなかった。

ただ、今の表情は柔らかかった。性格に優しさが増したのだろうか。キツい眼つきではなく、愛嬌すらこもった眼差しでおれを見据えてきている。

「おまえの言う通り偶然だな。ここら辺をよくブラブラしたりするんか?」

「いいえ、そんなに」

「へぇ。おれは高輪と昼飯を食った後なんだが、大井町も近くのどこかで昼飯を?」

「ミナさんと一緒に行動してるんですか!?」

おれの問いそっちのけで興奮しながら言う大井町

「だけど、ミナさん見当たりませんよね。はぐれちゃったとか?」

「まぁ、そんな感じだな」

「連絡してみなくちゃ。ミナさんと早く合流しなくちゃ」 

大井町はいつの間にやらイジワルでコドモじみた笑顔になっていた。大井町らしからぬ表情。そして甘く柔らかな声。

たじろいでしまっていると、

「卒業してからも仲がいいんですね、ミナさんと。高校も大学も一緒なだけありますよね」

と言われてしまうから、胃袋が締め付けられる。

大井町侑は着実におれとの距離を詰めていた。

「腐れ縁ってだけだ。あいつと渡り合ってるとくたびれる」

「えーっ」

至近距離の大井町は笑みを崩さず、

「そんなこと言うモノでもないですよぉ。一刻も早くミナさんを取り戻さないと」

「取り戻すって。おまえなぁ」

「語弊がありましたか?」

「……あった」 

「それはスミマセンなんですけども」

まるで高校生のごとき幼さを含ませて、

「はぐれちゃったのは、半分郡司センパイの責任なのでは?」 

「おまえも……容赦ないな」

容赦ないのは新田に対してとかだけではないらしい。

おれに厳しい後輩女子は両手を後ろ手にして、やや前のめりな姿勢で、

「わたしサークルでは郡司センパイに結構怒られてたじゃないですか。その『お返し』というか何というかで」

『お返し』というよりも『仕返(しかえ)し』というんではなかろうか。

それにそもそも、大井町に怒った記憶がほとんど無い。

「おれはそんなにおまえに厳しかったか? 思い込みが激しくないか」

「わたしの認識を尊重してくださいよ」

「そ、尊重するといっても、おまえはおれを何だか誤解していて……」

押される一方のおれ。

追い打ちをかけるように大井町が満面の笑みを見せてきた。

当然ながら未だかつてこのようなスマイルを眼にしたことは無い。

大井町からこういうスマイルを見せつけられることが、劣勢であることを象徴していた。

そうだ。劣勢なのだ。

別に大井町と対決したりとかするつもりは無い。この場で勝ち負けをつけたいとか思っていない。

しかし、おれはコイツより年上なのだ。

「威厳」だとかそういうコトバを持ち出してしまったら上から押さえつけるみたいになってしまう。そこまでキツくは当たらない。

そうではないのだが、後輩女子にやられっ放しでは悔しいというキモチは強い。だから、「反撃」の糸口を探りたい。

「どうしちゃったんですか、せんぱーい。真面目過ぎてガチガチな顔になって」

依然ニコニコしながら視線をおれの顔面に当ててくる。

後輩女子のニコニコを耐え忍び、「ウィークポイント」を一生懸命に探っていく。

大井町侑という女子のサークルでの振る舞いを思い出す。やはり新田への厳しさがまず浮かんでくる。新田を罵倒したり、新田に説教をかましたり。

新田。

新田……か。

そうだ。

揺さぶりの「糸口」がようやく見えてきた。

背筋を伸ばす。大井町の凛々しい顔を見つめ返す。

それから、

「おまえに知らせてほしいことがあるんだが」

大井町は少し首をかしげ、

「と、いいますと?」

おれはほんの少し息を吸い込んでから、

「新田について知らせてほしいんだよ。新田の現状を教えてくれないか」

そう問いかけた瞬間、後輩女子の眼が見開かれた。どういうわけか数歩後(あと)ずさり、うろたえの色の濃い表情になった。

「オイどーした。なんで『新田』って言った瞬間にそんな反応になるんだ」

そう言いつつも、

『反撃がどうやら成功したようだ』

という思いもおれの中には産まれていた。

そうか……。やっぱり新田は、コイツにとって攻撃対象であると同時に、ウィークポイントでもあったんだな。

新田だって攻撃されっ放しではなかったんだもんな。大井町に対して反発したりたしなめたりもしていた。もちろん頻度は高くなかったけども。

新田との関わりで不都合なことも経験していたから、弱いところを突かれたような格好になる。

……にしても、だ。

大井町、おまえ、うろたえが大袈裟過ぎないか??

ブワアアアッ……って、顔面が赤く染めあがってきてるぞ。

そんなに顔が炎上するなんて想定外だ。『新田』というワードを口にしたのがそんなに「こたえてる」ってか??

わからん。

おれの見ぬ間に関係性の変化だとか進展だとかあったというのか。それはそれで興味深いが。

とにかくおれは大井町のデリケートな部分に触れてしまったらしい。新田とのコトをこれ以上掘り下げるのが憚られるぐらいになってしまった。

大井町は99パーセントの困り顔だ。目線が下向きになり、まるで高校1年生に逆戻りしたかのようなコドモっぽさを見せている。単にコドモっぽくなっただけではない。困惑だ。困惑があるのだ。高校1年生の女子がどんな時にここまで困惑しまくるのか、想像はできないのだが……。

ほっぺたに微熱が取り付いている。うろたえに恥ずかしさのようなモノが混じりあっているんだと思う。

こういう時……高輪ミナがどこかに消えているのが、ありがたかったりもする。