なにも手につかず、池の水面を見ていたら、
「小路(こみち)か」
という声がした。
ウッツミーだった。
大きな岩に腰かけるウッツミー。
立ったままのわたしに、
「あのさ。おれ、おまえのこと、かなり気がかりなんだけど」
と言ってくる。
口を開くのを少し躊躇(ためら)ってから、
「気がかりって、どういうこと」
と訊いてみる。
訊いてみたのに、ウッツミーはなにも答えてくれない。
わたしに視線を送るばかり。
なんなの。
なんなの、いったい。
わたしの顔を観察したって、楽しくなんかないでしょ。
ねえ。
イライラが芽生えてくる。
イライラの芽が伸びてくるのを自覚する。
そしたら、
「おまえの精神状態、絶対フツーじゃないだろ」
と、ウッツミーが。
「あからさまに顔に出てる。荒れてるんだろ、おまえ」
下を向くしかなかった。
言う通りだったから。
「聞いちまったんだ」
ウッツミーは、
「猪熊亜弥と、ギクシャクしちまってるんだってな」
と。
「猪熊のほうから何度も話しかけてるのに、シカトしてるとか。そういう情報が、流れてきた」
眼をつぶる。
ウッツミーの言ってること、事実だから、この場から逃げ出したいぐらい、ココロが追い詰められていく。
でも、逃げ出すための足が、動かない。
苦し紛れに、
「どうせ、どうせ、わたしのせいだよっ」
と言い、
「共通試験の失敗を引きずってるヤサグレオンナだよっ、わたしは。ココロがグチャグチャしてるから、どんな対象にも向き合うことができない」
と、喚(わめ)く。
「ふうん」
冷静な声で、ウッツミーは、
「こうやっておれと話してても、グチャグチャしたココロは、まとまらないままか」
と言う。
反発して、わたしは、
「ちょっとやそっとで、まとまるわけないじゃん。下手に心配されると、逆に暴れ出したくなってきたりもしちゃうし」
「それ、ヤバいぞ、小路」
「そうだよねっ、ヤバいよねっ」
こぼれる捨てゼリフ。
もう、ウッツミーと向き合えない。
つらすぎるぐらい、つらい。
だから、わたしは……ひとりでに彼に背中を向けて、ひとりでに走り始めていた。
× × ×
『ヨーコ。とっても心配だわ、あなたのことが。
だれかに助けてほしいんじゃないの?
親御さんにも言いにくいことだって、あるんじゃないかしら。
わたしでよかったら……気持ちをぶつけてほしいの。
文字のほうが、思ってることを伝えやすいっていうこともあるでしょ?
今すぐに、じゃなくてもいいわ。
いつでも、待ってるから。
忘れないで。
わたし、あなたのこと、とてもとても大切な友だちだって思ってるっていうこと。
追伸。
夜は、しっかり寝なきゃダメよ。』
亜弥からのLINEだった。
スマホを机に叩きつけたいぐらい、ココロが掻きむしられる。
スマホを放置したまま、ベッドに飛び込んでいく。
15分ぐらいうつぶせになっていると、激しい感情も少しは穏やかになっていく。
亜弥に返信なんかできるわけもない。
だけど。
このままじゃ、イヤだ。
亜弥の気持ちから逃げてるばかりじゃ、ダメだ。
――そういう感情を、偽ることはできなくって。
うつぶせのまま、枕を胸で抱きかかえる。
「わたしだって、亜弥のこと、1番の友だちだって思ってるよ」
自然と、そんなコトバが漏れ出てきた。
バカだよね、わたし。
バカだバカだバカだ。
1番の友だちだって思ってて、それをコトバにできるのなら、なんで教室で冷たくしちゃうんだろう。
素直になれない。
素直さが死んでるような状態。
素直さを生き返らせるキッカケが、なんにも思いつかない。
だれに対しても、ひねくれた態度や攻撃的な態度を取ってしまってる。
お勉強なんかに手をつけるわけもなく、掛け布団の上でうずくまっていた。
すると――ぞんざいに放置していたスマホが震える音が、聞こえてきた。
だれだろう?