今日も暖かい。
完全に春だ。
春。
ということは――。
卒業の季節。
そういうこと。
× × ×
卒業式の前日。
わたしはウッツミーとゲームセンターに来ていた。
音ゲーに興じるウッツミー。
彼が音ゲーをプレイしているのを見るだけでは物足りなかったわたしは、
「クレーンゲームやろうよ」
と言って、それからそれから――彼の右手を握る。
× × ×
握った右手の温かみが残っているのを感じつつ、小銭を投入し、クレーンゲームと対峙(たいじ)する。
だけど、3回挑戦しても、景品はクレーンから落ちていくばかりだった。
「残念だな」
そう呟いてから、ウッツミーに振り向いて、
「代わってよ。こういうの、あんた得意そうじゃん、いかにも」
「『いかにも』が余計だ」
「あははっ」
わたしは楽しく彼の顔を見る。
彼はわたしの代打になってくれて、2回目の挑戦でぬいぐるみの景品をゲットしてくれた。
「やるじゃん!」
ぬいぐるみをギュッと抱きながら、
「代打成功。逆転サヨナラ勝ちって感じ」
と彼に。
野球部だったし、ウッツミー。
× × ×
「満足だよ。クレーンにも勝ったし」とわたし。
「それは良かった」とウッツミー。
並んで通りを歩いている。
ウッツミーが掴(つか)み取ってくれたぬいぐるみを落っことしたくない。
だから、強く胸元(むなもと)で抱きしめている。
前をまっすぐ見つつ、わたしのデートの相手は、
「元気だな。これなら卒業してからも安心だ」
と言ってくる。
「小路(こみち)。おまえにとっては都合の悪いこともあったかもしれないが」
「都合悪いってなにかな」
わたしはツッコミ。
「都合悪くなんかないない。自分の選んだ場所で、自分の意志でがんばるだけ」
「そうか」
「そーだよ」
そう言いつつも、
「国立じゃなくて私立だから、学費の面では親に迷惑かけちゃうんだけどね。しかも大阪でひとり暮らしだし。お金がかかりまくりだ」
「――意外だな」
「え? なにが」
「親御さんのこともちゃんと考えられるんだな、おまえ」
ちょっとお。
「この期に及んでわたしを誤解ですかー。内海(ウツミ)くーーん」
「ん……」
「ちゃんと勉強して、家族に還元する。これがわたしの務め」
彼は歩く速さを遅くして、
「小路が猪熊みたくマジメになるとは」
こらこら。
「亜弥を引き合いに出すんじゃないの」
「いや、つい……な」
「亜弥も案外マジメじゃないかもよ」
「なんの根拠があって」
「根拠なんか無いけど」
ピタ、と足を止め、
「あの子、明日の卒業式で――暴走しちゃうかも」
「はあぁ!?」
「――や、語弊があった。暴走するのなら、式典のあと、か」
「暴走暴走って。いったいなにに対してだよ」
問いには答えず、
「亜弥がエヴァ初号機みたいになったら、面白いよね」
「猪熊とエヴァンゲリオンになんの関係があるんだよ」
「え?? ウッツミー、エヴァンゲリオンのこと知らないの」
「知らんわ」
思わず吹き出してしまうわたし。
――でも、ふざけてばっかりもいられなくって、
「あんたのボートレーサー養成所の試験は、まだ先か」
「あー。そうだよ」
「難関なんだよね」
「とってもな。1回でパスできるほうが難しい」
「パスできたとしても――」
「よく知られてる通り、軍隊のような厳しい訓練があるわけだ」
「こわーい」
「いろいろと『覚悟』が必要だってことだ」
「……応援してる。」
いきなり言ってみた。
「応援してる」とだけ伝えた。
だから、彼を困惑させてしまった。
だけど。
こういうシンプルなエールのほうが、気持ちを通じさせることができる……って。
そんなふうな確信があって。
応援してる。
あんたの覚悟を後押しする。
待ってる。
待ってるよ……良い知らせを。
何年だって待ってるんだから。
胸に抱いていた景品ぬいぐるみをカバンにしまう。
ウッツミーの右腕にわたしの左腕を絡める。
× × ×
生まれて初めて、男子を好きになれた。