【愛の◯◯】迫りくる受験よりも気になるモノ

 

鈴木家のインターホンのスイッチを元気に押す。卯月(うづき)ちゃんのお母さんが優しく出迎えてくれる。勢い良く階段まで進んでいき、スキップするように階段を上がり、目的地の卯月ちゃんルームの前まで来る。

ドアを叩く。ドアが開く。卯月ちゃんが出てきて、

「やっぱり小麦(こむぎ)さんでしたか。覚悟はしていましたが。今年になってアポ無し訪問も何度目ですか……」

「いーじゃんいーじゃんアポなんか無くても。『お隣さん』も同然なんだから」

「小麦さんはいろいろ『わきまえて』ください」

「? どゆこと」

「天然なんだから……」

卯月ちゃんの不満げなリアクション。すこぶる可愛らしい!

 

× × ×

 

「卯月ちゃーん、お外、すっごーく暑いよーっ。お肌がコンガリしそうなぐらいに」

「お昼過ぎですもんね」

「灼熱のお昼だ。灼熱お昼。メラメラメラメラ」

「――小麦さん」

「なあに」

「私、ときどき、小麦さんが実年齢より3歳以上幼く見えるんですが」

「!? わたしを幼女とみなすか」

「幼女だなんて思ってません。でも、女子中学生のようなノリである気がして」

「わたしの言動が?」

「そうです、言動。」

きびし〜い。

正方形の小ぶりなテーブルを挟んで、卯月ちゃんとおしゃべり。会話というか、ふたりだけで話しているんだから、この場合は「対話」かな。

ドアを背にして、わたしは、卯月ちゃんママが美味しいお菓子を持ってきてくれるのを心待ちにしていた。きっとパンケーキだ。ふわふわふんわりのパンケーキを、きっと卯月ちゃんママが手作りしてくれて――。

「あの」

そう言って卯月ちゃんがわたしと眼を合わせる。

「業務連絡ですけど。トーコちゃんとユーガちゃんなんですけど、夏休み明けから、放送部の活動に本格的に加わってくれそうです」

それは素晴らしい!

説明。トーコちゃんとユーガちゃんは卯月ちゃんの同級生で、すなわち高2。放送部は圧倒的新入部員不足だったので、2年生であるとか関係無しに新メンバーを求めていた。その求めに、トーコちゃん&ユーガちゃんがとうとう応えてくれそうになったんである!

「良かった〜〜。これで安心して、放送部から『卒業』していけるよぉ」

「本当に『卒業』する気ですか? そんな顔には見えませんが。グダグダと、放送部室に居座ってそう。いかにも、『2学期以降も部に居残る3年生キャラ』なんだもの、小麦さんは」

「ぐぁ」

見透かされちゃった。

「ばれたか。卯月ちゃんの『アンテナ』も凄いな」

「別に、髪の一部が逆立ったりとかしませんから。アニメじゃあるまいし……」

 

× × ×

 

やがて卯月ちゃんママがドア越しに声をかけてきて、わたしたちにふわふわパンケーキを提供してくれた。パンケーキの上にはバターとメープルシロップ。とっても甘くて美味しかった!!

パンケーキと同時提供のアイスカフェオレをぐい、と飲み、わたしは、

「生き返った生き返った。今みたいなエネルギーなら、夏の高尾山も余裕で登っていけそう」

「どうして高尾山を持ち出してくるんですか」

「だって、聖地じゃん?」

意味わかりませんと言いたげに首をかしげる卯月ちゃん、だったのだが、

「高尾山は、わたしと卯月ちゃんの聖地だよ。近いうちに、もう一度巡礼してみたい」

「巡礼って」

疑わしげな目線で、

「高尾山に宗教的な要素とかありましたっけ? たとえば、『霊場』みたいな……」

「エッ、もしや、『聖地巡礼』っていう流行りコトバを知らないの」

「……」

何も言わない。知らない証拠である。

「高尾山は、わたしと卯月ちゃんの巡礼地だし、パワースポットでもある」

胸を張って言うわたしに、

「パワースポット言わないでください。高尾山が可哀想になって来ます」

「そう〜?」

「だいたいですねぇ」

強く厳しい口調になって、

「呑気過ぎるんですよ、小麦さんは! 自分が置かれてる立場を全然理解してない!」

ピンと来なかったので、

「卯月ちゃん、も少し具体的に」

そう要求したら、彼女は厳しく険しく、

「最初に訊きたいんですけど。小麦さんには、大学に進学する意思がちゃんとあるんですよね?」

あ〜。

大学進学のコトね。わたしは高3の夏。で、進路希望の用紙にも『大学進学』と書いた。

卯月ちゃんは、夏休み終盤になってもチャランポランしているわたしが気がかりだから、今にもお説教モードになりそうな態度になってるんだ。確かに、わたしは取りかかりが遅い。取りかかりがスローなコトぐらい、客観視はできる。自分をそういう風に客観視はできるんだけど、自宅の自分の部屋には参考書が積まれたまま。

特にホコリを被っているのが文系教科の参考書だ。理系教科の方が断然楽しいし。……理系の性(さが)だね。

「あるよ。あるある。ゴメンねぇ、受験に向かうわたしの動きが遅いから、叱ってみたかったんだよね」

わたしはそう言いながら苦笑い。

漫画やアニメだったら、ペロリと舌を出して照れ笑いしながら謝っている場面だ。リアル世界のわたしは、さすがに舌なんか出さないけどね。

「真面目に反省してるんですか? 疑わしいですよ」

もう怒っちゃってるんだろうか。卯月ちゃんが腕組みし始めた。わたしより小さなカラダで怒るから、怖くはなくって、まるで実の妹にたしなめられているような感覚。

卯月ちゃんのお気持ちを受け止めながらも、わたしの視線は、腕組み卯月ちゃんの背後に存在する棚に寄っていた。その棚はあまり高くない棚。幅は割りと広くて、上段にはCD、下段には本が収められている。

わたしがとりわけ注目したのは、棚の中ではなく、棚の上に置かれたレコードのジャケットだった。

「せめて、私の部屋に来るにしても、参考書を携えて来るとかして……」

「ねえねえねえねえ。卯月ちゃんの背後に、レコードジャケットあるよね? あれ、レコードが入ってるの? 入ってたら、聴くことできるの?」

一気に唖然となって、

「私の話を完全スルーですか!? レコード!? いったい何を考えてるんですかっ!?」

「ジャケットの中身が是非とも知りたくて」

そう言いつつ、視力に自信のあるわたしは、ジャケットに書かれている横文字に眼を凝らして、

「どんなジャンルのレコード? 『D』から始まる横文字がジャケットに書かれてるけど、人の名前なのかな?」

シリアスな空気をまとわせた卯月ちゃんがスウゥ……と息を吸ったかと思えば、

「私の後ろのは、クラシック音楽のレコードです。聴く時は、リビングに降りてお父さんのレコードプレーヤーで再生します。小麦さんが訊いた『D』で始まる横文字は、『ドヴォルザーク』という作曲家の名前です」

ドヴォルザークさんかー。

スゴい名前だぁ。

ドヴォルザークさんは、今も生きてるの?」

「まさか」

「じゃ、歴史上の人物だねっ。世界史のテストに出てきたりするのかなっ?」

「……私に訊かないでください」

「まーねー。卯月ちゃんに訊いてもしょーがないよねー。そもそもわたし、受験で世界史使わないし」

「そんなコト言ったら……『くさばのかげ』のドヴォルザークさんが、泣いてしまいますよ?」

「『くさばのかげ』? 『くさばのかげ』って、なぁに??」

「小麦さんは学年を偽ってるんじゃないですか!? 高校3年の『ぼきゃぶらりー』とは思えないっ」

「また知らないコトバ出てきちゃった。『ぼきゃぶらりー』ってなんだろう」

言った瞬間に卯月ちゃんが頭を抱えちゃった。

なんでそんなにショック受けちゃってるのかな??