「今日は令和6年6月6日だねっ」
中嶋小麦(なかじま こむぎ)さんがニッコリと言う。
「なんだか『サタン』って感じだ」
とも。
サタン?
あー。
「6が3つ並ぶと、悪魔的なイメージを感じるもんね」
わたしは小麦さんにそう言った。
放送部室の椅子に腰掛ける小麦さんが前のめりになり、
「そうですそうです小泉先生!! 6が3つ並んで、とってもオカルト」
「不吉な感じもするけどね」とわたし。
「でも、コーフンしません!? 6が3つ並ぶ日付なんて今日ぐらいでしょ!?」と小麦さん。
平成6年6月6日以来ってコトだよね。
放送部員の彼女たちは当然産まれてないし、わたしだって産まれてない。
「小麦。あんまりハッスルしないの」
わたしから見て小麦さんの右に座っている尾石素子(おいし もとこ)部長がツッコミを入れる。
「素子ちゃんは毎度ながら厳しいね」と小麦さん。
「6が3つ重なって興奮する気持ちは分かるけど」
と、尾石さんは眼を細くし、小麦さんに視線を送り、
「放送部の活動と1ミリの関係も無いじゃないの」
と言い、
「あたし、卯月(うづき)ちゃんの『友だち勧誘』がどうなってるのか知りたいんだけど。卯月ちゃんとご近所の小麦なら、それに関する話とか聞いてるんじゃない?」
小麦さんや尾石さんの1個下の鈴木卯月(すずき うづき)さん。卯月さんが新年度になってから『同級生の友だちを放送部に誘ってみます』と言っていた。
2年からの入部も当然オールオッケー。
なんだけど、肝心の卯月さんが今日は部活に来ていない。所用で部活欠席だった。
部長たる尾石さんは、卯月さんとご近所さんの小麦さんから『情報』を得ようとしている。
だけど、
「わたしはなんにも知らないよ?」
と小麦さんは明るい顔で尾石さんに答える。
「な、なんにも知らないって、あのねえ」
苦労多き部長たる尾石さんは焦り気味に、
「あんたは卯月ちゃんと一緒に登校したりしてるんでしょ!? 登校中に部活の話題とか出てこないワケ!?」
「えっとね。今朝は、登校中は、好きな菓子パンについて延々と喋ってて、いつの間にか学校に着いてた」
「菓子パンは1ミリも放送部に関係ないよねっ。もうちょっと危機感持ったらどうなの!?」
尾石さんは小麦さんに迫るけど、
「まーまー。小麦さんのマイペースもこの部には欠かせないと思うよ? 切羽詰まるのは分かるけど、怒ってばかりじゃ尾石さんも『保(も)たない』って思っちゃうし」
と23歳の顧問のわたしは言って、尾石さんを少し落ち着かせる。
尾石さんがシューンとなり、
「ごめんなさい、先生」
とナヨナヨな声で謝る。
「小泉先生に怒られちゃったね、素子ちゃん♫」
いやいや小麦さん、わたし、怒ったつもりも叱ったつもりも無いんだよ。
尾石さんが『弱りモード』を発動させてしまっているので、自戒も込めて、尾石さんに向けて優しい視線を送ってみる。
わたしの心配りの視線に気付き、尾石さんは顔を赤らめる。
「6が3つ並んだ日付のことにちなんで、なんだけどさ」
わたしは、
「令和9年9月9日のときは、9が3つ並んで『スリーナイン』になるよね?」
「スリーナイン……」と尾石さん。
「スリーナイン!」と小麦さん。
「スリーナインで9が3つ並ぶって、なんだかステキかも」とも小麦さんは。
「そうだね」
とわたしは、
「この国では、999って数字のコトを『スリーナイン』って読むことになってるんだよね」
「それって、なんでですか?」
小麦さんは興味津々にまたもや前のめり。
「銀河鉄道、だよ」
「ぎんがてつどー??」
あっ。
これ、マズいな。
やっぱり、この世代の子たちは、銀河鉄道999(スリーナイン)でピンと来ないんだ。
そりゃわたしだって、2000年度産まれの23歳で、この子たちとあんまり世代は変わらないんだけど。
銀河鉄道999か。
テレビアニメも観てないし、当時上映された映画版も観てないし、原作漫画も無論読んでない。
たしかにわたしは自他ともに認めるテレビオタク、なんだけど、実はアニメやドラマは不得意分野なのだ。
だけどついつい、『スリーナイン』と口走ってしまった。
いきなり「銀河鉄道」の4文字を持ち出してしまったから、小麦さんに疑問を抱かせてしまった。
隣の尾石さんにも、やはり銀河鉄道999では通じないんだろう。
困ったな。
……ここで、放送部室には居たんだけど、入り口近くの椅子でずっとわたしたちのやり取りを聴いていた福良万都(ふくら まつ)さんが、
「ご存知ですか、小泉先生?」
とようやく口を開く。
「何を? 福良さん」
訊き返すと、
「旧暦の9月9日って、『ちょうよう』って言うらしくって」
「『ちょうよう』? それって、漢字だと……」
『重陽(ちょうよう)』と書くらしい。
初耳のコトバ。
旧暦の9月9日は重陽で、別名は『菊の節句』。かつては宮廷で重陽の日に宴(うたげ)が催され、臣下が菊の花を賜(たまわ)る風習があったとか。
それにしても、
「福良さんはわたしより物知りなんだね」
「たまたま知ってただけですよ〜、先生」
「そうかな? パーッとそういう知識が出てくるってスゴいと思うよ。わたしはテレビとラジオのオタクに過ぎなくて、教養が無いから」
そう言ってしまったら、福良さんが穏やかに、
「わたしたちは、小泉先生がテレビやラジオに詳しくて、とっても助かってるんですよ? だって、放送部なんだもの」
そっかなぁ。
「わたし、教師で顧問とはいっても、まだ2年目の23歳の小娘に過ぎないし。貢献できてるって自覚があんまり無くて」
福良さんはおっとりと、
「先生が小娘なのなら、わたしたちはヨチヨチ歩きの赤ちゃんになっちゃいますよ」
と言い、それから小麦さん&尾石さんの方を向き、
「小麦ちゃんも素子も、小泉先生のコトが、もちろん大好きよね?」
「もちろんだよっ!!」と小麦さん。
「もちろんそうよ、万都」と尾石さんも。
尾石さんはわたしに向かって目線を合わせてきて、
「あたしたち3年生で、あと1年しか小泉先生と居られないのが、とっても残念です。でも、そうであるからこそ、残された時間で、先生から精一杯教えを請いたい。教えてもらうコト、まだまだたくさんあるはずだし」
「だね」と小麦さん。
「そうね」と福良さん。
みんな……!
「ありがとう。でも、胸が熱くなるようなコト、突然言われちゃったから……なんて言えば良いのかな、もちろん嬉しいんだけど、なんとも言えないキモチになっちゃった」
「胸が熱く、ですか〜」
そう言いながら、視線が徐々に下降していっているのは、やはりというか……小麦さんなのであった。
女子しか居ない空間だからって、そういう仕草になるのは、あんまり宜しく無いゾ? 小麦さーん。