【愛の◯◯】「きみ、書店は好き?」

 

「ちょっと小麦、お菓子食べてないで、話し合いに参加してよ。3学期のスケジュールを決めるんだから」

チョコクッキーをモグモグしたあとで、小麦は、

「素子ちゃあ~ん、肩にチカラが入り過ぎだよお~。部長になりたてで気合が入ってるからって」

「あのねえ。そういう問題じゃないでしょ」

とあたしは怒るんだけど、

「そういう問題って、どういう問題?」

と小麦がトボケるから、困ってしまう。

「素子ー。3学期のことは、3学期になってから決めたっていいんじゃないの?」

そう言ってきたのは万都(まつ)だった。

「ちょっと万都ッ。意識低すぎ」

「あなたの意識が高いのよ。東京タワーぐらい高い」

それ、どんな比喩。

東京タワーぐらい高いって、なんか微妙じゃない!? スカイツリーができた今となっては……。

 

× × ×

 

溜め息をつきながら放送室兼放送部室を出た。

飲み物を自販機で買うために歩いて行こうとしたら、顧問の小泉先生にバッタリ。

「あれ、尾石さん、部活で話し合いやってるんじゃなかったの」

「やってたんですけど、リフレッシュしたかったんです。同級生に手を焼いてしまって」

「小麦さんや福良(ふくら)さんに?」

「はい。小麦と万都に。あんまり言うことを聞いてくれないんですよね……」

「んー」

顎(あご)に人差し指を当てて、思案する仕草の小泉先生だったのだが、

「わたしぶっちゃけ、小麦さんや福良さんの叱りかたが、うまく思いつかなくて。尾石さんは、顧問のわたしに2人を注意してほしいのかもしれないけど」

「えっ……」

「頼りない顧問でゴメンね」

「む、無理に先生に叱ってもらう必要もありませんが」

「そっか」

「高校2年の終わり頃にもなって、先生のチカラを借りすぎるのも……」

「そっかそっか」

スーツ姿の小泉先生は凛々しく笑って、

「尾石さんはもうちょっと肩のチカラを抜いてもいい気もするけど」

と小麦と同じようなことを言って、

「頼りない顧問だって自覚はある。だけどその一方で、頼ってほしいっていう思いもあって」

と言って、苦笑いになりながら、

「歳(とし)もそんなに違わないんだから。時には、『お姉さん』だと思って接してくれたっていいんだよ?」

 

× × ×

 

『お姉さん』、か。

大学卒業したばっかりの、新任教師で。22歳で。

年齢がそんなに変わらないのは、事実。

それはそうと……。

スーツ姿の小泉先生見て、思ったんだけど。

彼女、スタイル良(い)いわよね。

あたしの貧相な体型とつい比べちゃう。

ちょっとだけ、羨ましいって思っちゃうかも。

 

さて、部活を終えて、背中にくたびれを覚えつつ、帰り道目がけて校舎の外を歩いていた。

すると。

「やあ」

前方から、3年生の男子が、手を振りながら声をかけてきた。

磯部公誠(いそべ きみまさ)センパイ。

尊敬する放送部前代部長の仰木(おおぎ)ひたきセンパイと仲のいい人。

どうしてあたしに声なんかかけてきたんだろう。

少し警戒してしまう。

「尾石素子さんだよね」

「そうですが……?」

「きみ、書店は好き?」

「どういう質問ですか!? いきなり」

「書店が好きかどうか訊いてるんだけどな」

混乱しながら、

「それなりには、行ったりしますけど」

「よっしゃ」

「な、なにが、『よっしゃ』なんですか」

「じゃ、寄ろう」

「はい??」

「近くに割りと大きな書店があるでしょ?」

「し、知ってますし、ときどき行きますけど??」

「一緒に寄ろうよ」

「え……なに言うんですか」

「強引なのはイヤ?」

「あ、あたりまえですっ」

混乱と困惑のあたしをよそに、磯部センパイは人差し指でほっぺたをポリポリ掻いて、

「『あたりまえ』か。そりゃ、そーなのかもな」

 

× × ×

 

結局書店にはついて行かなかった。

 

いきなり後輩の女子を書店に誘う。

そんなに関わったことも無いのに。

行動原理のまるで理解できない先輩男子。

胸の奥に感じるモヤモヤを、帰宅してからも引きずる。

 

磯部センパイと親密な仰木センパイに連絡して、相談してみるべきだろうか?

自分の部屋の自分の机で、スマホを凝視しながら悩む。

踏ん切りがつかない。

今日のことを仰木センパイに打ち明ける勇気が、なかなか出てこない。

 

同級生の男子と絡むことさえ、そんなに無いのに。

急に、上級生男子の存在が、あたしに食い込んできて。

あたしじゃなくても……困っちゃうでしょ。

今度声をかけられたら……どう対処すればいいんだろう?