あたし尾石素子(おいし もとこ)。
高校2年生。
泉学園という学校に通っている。
部活は放送部。
× × ×
放課後。
野球部のグラウンドの近くを歩いていたら、放送部部長の仰木(おおぎ)ひたき先輩が男子と会話しているのが視界に入ってきてしまった。
あたしは思わず後ずさりし、会話中のふたりの眼につかないような場所に隠れる。
だけど、どうしても気になって、ソロリソロリと会話の様子を覗こうとしてしまう。
そしたら、仰木部長と視線が合ってしまったような感じがした。
ゾクリとなってしまい、その場から逃げ出す。
× × ×
大木(たいぼく)の幹の前で俯き続けるあたしの背中に、
「素子、どーしたー?」
という仰木部長の声が突き刺さる。
慌てて振り向くあたし。
スタイル抜群の彼女の姿が眼に飛び込んでくる。
濃ゆい黒髪のポニーテールがツヤツヤだ。
左手を腰に当てて、あたしをジッと眺める。
カッコいい。
微笑みまでもがカッコいい。
こんな憧れの存在たる仰木部長に、あの男子学生はいったいなにを……!
「……部長。」とあたし。
「なんだよ」と微笑みの部長。
「さ……さっきの男子(ひと)はだれですか」
「気になるのか?」
あたしはいったん口ごもるけれど、勇気を振り絞って、
「気になります! だって、なんだか部長に馴れ馴れしいんだもの」
「あっはっは」
どうしてそんなに大笑いするんですか!?
「ぶ……部長、大笑いの理由は……」
思わず漏れ出す声。
彼女は朗らかに、
「素子。オマエ余計なこと思ってるんじゃないのか?」
え……。
「アイツとはただのクラスメイトってだけだ。磯部(いそべ)っていうヤツなんだけどな。知らなかったか、素子は」
「……知りませんでした。上級生で、しかも男子ですし」
あたしは、3年生の校舎に気安く足を踏み入れるような人間ではない。
3年生男子の情報なんて滅多に耳に届かない。
磯部先輩??
部長と仲が良いっていうの。
この場合の「仲が良い」は、男女の仲未満の意味で、だけど。
ぶっちゃけると。
あんなに仲良く会話してる光景を目の当たりにしちゃうと、ムカつく。
もちろんムカつく対象は、仰木部長ではなく、磯部先輩。
あたしは部長に向かって足を一歩踏み出して、
「野球部なんですか? あのグラウンドの近くにいたってことは」
と訊くが、部長は両手を腰に当てつつ全く微笑みの表情を変えずに、
「こんな時期の放課後に野球部の3年部員が制服着てブラブラしてると思うか?」
「――あっ」
「まあ、フルネームが酷似したプロ野球選手もいたんだが。さっきの磯部は、野球とは全然関わりが無い」
「な、なら、彼の部活は……」
「情報処理部だ」
「情報処理部!?!?」
「オイオイのけぞるなよ。そんなに意外だったのか?」
「文化部だということ自体が……」
「文化部でなにが悪い。磯部が怒っちゃうぞ」
「……」
「あとな、部としては承認されてないんだが、アイツにはもう2つ所属してるクラブがある」
「あと2つも!?」
「まず1つ目。『VTuber同好会』」
あたしは唖然として、
「情報処理部の下部組織かなにかですか!? それは」
「違うぞ?」
「でっでもVTuberってことは、情報処理部の活動内容と被りますよね」
「そうでもないぞ」
返答に困らざるを得ない。
「いずれはVTuber同好会も部に昇格するのかもしれないな」
「あっあの、ではあと1つの所属クラブは」
「ほほー、ずいぶん磯部に興味示してるじゃないか」
「ちがいますっ!!」
「うおっ、ビビらせるなよ素子」
「……」
「落ち着けよ。教えてやるから」
「は、はやくしてください」
「『牛丼を愛する会』」
「ぎゅう……どん……?!?!」
「そーだ。吉野家とかすき家とか松屋とかの、牛丼だ。フザけた名前の会だと思うだろうが、会員が6人もいる」
「……ちょっと待ってください」
「なんだよ?」
「松屋の場合、『牛丼』じゃないですよね、『牛めし』ですよね」
「そこをツッコむんかいな」