わたし八木八重子(やぎ やえこ)。
大学4年生。
一浪してるから、今年で23歳。
高校時代の部活は放送部。
そして現在(いま)入っているサークルは、『MINT JAMS』という音楽鑑賞に特化したサークル。
わたしと同い年の戸部アツマくんが昨年度まで居たんだけど、現役で入学した彼は、一足早く卒業してしまった。
笹田ムラサキくんという3年生の男の子が居て、ボーイソプラノがトレードマークのこの子は、戸部くんを尊敬している。
崇める勢いで尊敬している。
『尊敬しすぎるのも如何なものか』とも思うんだけども。
× × ×
さてそんなムラサキくんは今日もサークルのお部屋で頑張っていて、日頃の「研究成果」について熱く語ろうとしていた。
「研究成果」とは主に過去のJ-POPに関する研究の成果である。
『そんなに過去を振り返ってどうするの』『小室ファミリー全盛期とかキミの産まれる前でしょ』などなどツッコみたいことは幾らでもある。
だから後輩女子の朝日リリカちゃんと共に、「研究成果」を熱く語ろうとするムラサキくんをあの手この手で妨害するというわけ。
ムラサキくんを遮るのが、最早日常的な行為になっている。
遮って、イジって、イジめる。
愉しみも産まれてくる。
× × ×
さて、半泣きの顔でムラサキくんが部屋を出ていき、リリカちゃんも「用事があるので」と部屋を出ていって、わたし独りになってしまった。
そこらへんに置いてあった『ロッキング・オン』を読む。
そこらへんに置いてあった『ミュージック・マガジン』を読む。
90分ぐらい時間を潰せたけど、実は今日はもう講義に出席する必要が無く、新たなる時間の潰しかたを考えなければならなくなった。
『そういえば、名古屋に行った星崎さんは元気で頑張ってるかな。仕事の様子はどうだろう。最近連絡できてなかったから、少し気がかり。今は仕事中だろうから、連絡するなら後だけど……』
ふと、そんなふうに、名古屋の芸能プロダクションに就職した彼女に想いを馳せ始めた。
そしたら、ノックの音。
× × ×
鳴海(なるみ)さんだった。
このブログには久々の登場だし、わたしも久々に彼の姿を見た。
年齢不詳で何年生かも分からない、創作物にはよく出てくるような得体のしれない大学生。
わたしは、
「こ、こんにちはっ」
と、顔を上手く見ることができずに挨拶する。
情けない「こんにちは」になってしまった。
視線を合わすのが怖い。
視線を合わすのが怖い理由は、わたしの都合で省略する。
合わせられないけど、コミュニケーションしなければならない。
頑張るしかない。
「こんにちは八木ちゃん。お久(ひさ)かな?」
雑誌が積み上げられたテーブルの傍に立って鳴海さんが言う。
「……そうですね。お久ですね」
おうむ返しのように答える。
「申し訳無かったね。しばらくサークル部屋に顔を見せられなくって」
「はい……」
俯きながら生返事のわたしに、
「今日、八木ちゃんに会えて嬉しいよ♫」
と彼の明るい声。
× × ×
鳴海さんの振る話のほとんどに生返事しかできなかった。
自己嫌悪の芽生え。
その芽を摘みたくて、CD棚の方角に視線を転じて、
「な……なるみさんっ」
「なんだ~い」
「わたし、わたしっ、聴きたいCDが、あるんですけどっ!!」
「ハハハ。叫ばなくても良いじゃんか」
「そ、そ、そのっ。……取れないんです。CD、取れないんです」
「棚の高いところにあるから?」
「ハイ。わたし小さいから、手が届かないんです」
「じゃあ取ってあげるよ」
わたしは聴きたいアルバムの題名を伝える。
彼はCD棚の前に行く。
175センチ以上は確実にある彼が、軽々と棚からCDを取り出す。
取り出したあとで、
「八木ちゃんさ、」
「なんですか……?」
「背が低いこと、コンプレックスみたいになってたりする?」
「……コンプレックスです、ぶっちゃけ」
「そりゃーよくないなー」
「……」
「コンプレックスなんて持つ必要ナッシングだよー。自己嫌悪はココロにもカラダにも毒だよ?」
そう言って、彼は振り向いた。
穏やかに笑っている。
穏やかな笑いを、わたしは目の当たりにしてしまった。
心臓が大ジャンプした。