「GRAPEVINE、この1曲」
編集長「GRAPEVINEのベストアルバム『Best of GRAPEVINE 1997-2012』を聴こうと思うんだが……みんなは、GRAPEVINEだと、どんな曲が好きなんだ?」
輝三「無難に『光について』ですかね」
さつき「あたしは『白日』」
イチロー「このベスト盤には入ってないんですけど、『その未来』って曲が好きで」
輝三「おーっ」
さつき「ほ~」
編集長「うぉ~っ」
イチロー「(焦って)そ、そのリアクションはなにっ」
輝三「イチローが、GRAPEVINEの、ベスト盤に漏れるような楽曲を、知っていたとは」
イチロー「で、『déraciné(デラシネ)』ってアルバムを、たまたま聴いたんだよっ、そのアルバムに入ってた曲でっ、『その未来』は」
編集長「――『déraciné』かあ」
さつき「イチローにしては、趣味いいわね」
イチロー「(心外そうに)なんなんですかあっ、さつきさんまで! あんまりおれをナメてもらっちゃあ、困るんですけど!」
編集長「や、普通、ナメるだろ」
さつき「そう、そう」
イチロー「みんなおれをなんだと思ってんの!?」
小鳥遊「イチローせんぱぁい」
イチロー「小鳥遊……」
小鳥遊「イチロー先輩も、音楽に少しはこだわりがあったんですねw」
イチロー「小鳥遊さん……ここ、音楽雑誌の、編集部よ!? 曲がりなりにも」
小鳥遊「ひたすら後輩のわたしに怒ってるだけじゃなかったんですね」
小鳥遊「あ~、オヤジギャグ」
「――イチローさんが、またいじめられてるよ。
肝心のGRAPEVINEの楽曲も、3曲しか紹介されてないし。
やれやれ。
ほんとうにしょうがない、雑誌だな…」
「半笑いでひとりごと言わないでよね、戸部くん」
「あ、悪い」
八木にたしなめられちまった。
音楽雑誌『開放弦』のおもしろ記事を読んでいて、『自分の世界に入らないで』と、八木か星崎に、たしなめられる……。
これがひとつのパターン化してる。
八木がサークル部屋の本棚を見上げ、
「それにしても、ウチのサークル、音楽雑誌には事欠かないよね」
「まあ、性質上な」
「初期の『ニューミュージック・マガジン』や『ロッキング・オン』まであるでしょ? だれが集めてきたのか知らないけど」
「おれも、知らない」
「……」
「どうした八木? 本棚を見上げ続けて」
「わたし身長低いから、棚の上のほうの雑誌、取りたくても取れない」
「読みたいんか」
「……こういうとき、戸部くんの長身が、役に立つよね」
「へっへっへ」
「……やめた」
「へっ」
「雑誌、取ってくれなくてもいい」
「なぜ」
「戸部くんが、『へっへっへ』とか、ドヤ顔でじぶんの高身長を誇ってくるから、ヤになった」
「おれそんなつもりは」
「…代わりにその『開放弦』を、わたしに読ませなさい」
「…強奪か?」
「強奪されても、仕方ないっ!!」
奪い取られるよりも先に、あっさりとおれは八木に『開放弦』を明け渡した。
「……素直ねっ、戸部くん」
「素直にもなるさ」
「……読むね」
「読め読め」
大人しく『開放弦』を読ませておく。
八木が、静かになると、平和だな。
…勝ち取った平和を噛みしめていると、
「アツマさん。ぼく、音楽雑誌なんて読んだことないんですよっ」
「ムラサキ。…おまえも、音楽雑誌に関心が?」
「はい。でも書店とかに行くと、あまりにもたくさんの音楽雑誌が並んでて、なにを買えばいいかわかんなくて」
「まーなー。おれだって、いちいち把握はしていない」
「アツマさんのおすすめは、やっぱり『開放弦』ですか?」
「かな。たびたび音楽雑誌の趣旨から脱線してるような雑誌だけど」
「『開放弦』は、月刊なんですよね?」
「そう。バックナンバーも…ほれ、あそこの棚に」
「ほんとうだ! 揃ってる」
「興味あったら、読めよ」
「そうします」
ムラサキは、本棚に近づいていき、『開放弦』の去年の号を1冊抜き出す。
立ち読みみたいに、パラパラめくっていたが、
「ムラサキくん、ムラサキくん、」
いつのまにかごく自然な感じで『MINT JAMS』のサークル部屋に来ていた茶々乃(ささの)さんが、ムラサキの背後から呼びかけて、
「わたしもそれ、読みたいな」
「わかったよ茶々乃さん。だったら、ぼくが読んだあとで、渡すね」
「おねがい」
「できるだけ短い時間で読むよ」
と、屈託ない笑い顔のムラサキ。
『いっしょに読もうか?』とは、言わなかったな、ムラサキ。
――まぁ、いきなり『いっしょに読もうか?』だと、茶々乃さんだって戸惑っちゃうだろうからなぁ。
それは、そうとして――、
やっぱり、ムラサキ、小柄だな。
ガチで茶々乃さんより身長低そうだ。
八木ほど低くはないけど、
ムラサキの立ち姿は、少年のように、あどけない、
いや、
少年なんだ。
ムラサキはいまだ、少年――。
× × ×
帰宅後。
「まーたお兄ちゃんが寝そべって雑誌読んでる」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど、だらしなさすぎ」
「大学での疲れが――」
「そんなのないでしょ」
「いやあるから」
「もう。もうっっ。
お母さんがぜんぜん怒んないから、『だらしない』って言うのは、妹のわたしの役目」
「ほほー」
「…わたしとおねーさんの、『だらしない』の波状攻撃を食らいたくなかったら、起き上がってよ…」
「うむ」
「……」
「ほれ、起きた」
「……予想外の、素直さだね」
「きょうはそういう日なのさ」
怪訝そうにおれを見ていたあすかだったが、
おれの持っている『開放弦』に眼を留めると、
「『開放弦』の、最新号が、出たんだね」
お?
興味アリか?? 妹よ。
「――読みたいんか? もしかして」
「ん……」
「興味アリアリのアリ、って感じだな」
「そ、そこまでじゃないもん」
「ツンデレな」
「うるさいっ」
…いったん、その場を離れようとする妹だったが、
「最新号は、おまえの好きな、90年代後半邦楽ロック特集が組まれてるぞよ」
というおれのことばに、
ピクン! と音が出そうなくらい、反応し、
「特集のコーナータイトルが、
『97年の中村一義』
『98年のくるり』
『99年のナンバーガール』」
と、おれが畳み掛けていくと、
あっさりすぎるぐらいあっさりと、
ふたたびこっちを振り向いた。
「『97年の中村一義』……『98年のくるり』……『99年のナンバーガール』……」
オウム返しのように、おれが言ったコーナータイトルを反芻(はんすう)する妹。
「どーだ! 『開放弦』も、捨てたもんじゃないだろっ。読みたくなってきたか~?」
妹の眼が……、
あからさまに、
キラキラキラキラと、してきている。
「うん! 読みたい!! くやしいけど」
「……なーんか余計なひとこと付け加えませんでしたか、あすかさーん」