【愛の◯◯】音楽鑑賞サークル「MINT JAMS」の転換期

 

パスピエの楽曲が流れている。

いいよな、パスピエ

あすかのバンドでも、演(や)ればいいのに、パスピエ

ぴったりだと思うんだが。

 

いまはパスピエが流れているが、

『さっきまで、電気グルーヴの曲を延々流し続けていた』

とは、ギンさんの弁。

 

 

――本日、バイト、無し。

よって、学生会館。

「MINT JAMS」の部屋に来たら、ギンさんひとりだけ居て、あとから鳴海さんも来た。

 

「ルミナさんは――さすがにもう来ませんか」

おれが言うと、

「来ないよ。社会に出るから」

とギンさん。

「社会人なんですよね……彼女も」

「……まっとうな道かもしれないけど、あいつはいい道を歩き始めているよ」

遠い目でギンさんは言う。

「でも、なんか、寂しくもあります」

「だな。いっつもうるさい、あいつが居ないとな」

 

鳴海さんにも、ルミナさん卒業に関するコメントを求めたくて、

「鳴海さんも、なんだかんだで、ルミナさんがもう来なくなるのは寂しいんではありませんか?」

すると、鳴海さんもまた遠い目になり、

「寂しいよ。――泣きたい気分」

「な、泣かないでください」

「ぼくは大学に残るから、なおさら」

「残る――って、」

「何年目なんだろうね?

 自分でも、わかんなくなってきた」

「ええっ……」

 

「おれも鳴海さんと留年仲間さ」

とギンさん。

「……で、ずるずると、どこまでも延長戦みたいに、居残っていると、引き際を誤ってしまう」

なにやら含みのあることを言い始めたギンさんだったのだが、

タイミング悪くドアが開き、

八木八重子が入ってきた。

 

「そろってますね。

 ギンさん、鳴海さん、それに戸部くん」

 

そろってる、と八木は言うが、

別に、いま部屋にいる4人だけでサークルを回しているというのでは、もちろんないのだ。

『もちろんそうでないのなら、なぜほかの会員が登場してこなかったんだ?』

――まぁ、そういう素朴な疑問も、わかります。

 

『この4人と、ルミナさんだけでストーリーが成立する』という甘い認識。

怠惰。

だれの怠惰か、っていうと――もう、お分かりになられますよね。

 

居ます。

居るんですよ。

ほかにも、会員。

えっと、川原くんとか、下原くんとか。

彼らにも、追い追い、登場してもらいましょう。

どんな扱いで出てくるかは……想像におまかせします。

 

「――戸部くん考えごと?」

「おおっと」

「おおっと、じゃないよ」

「八木に目を覚まされた」

「なにそれ」

「いいってことよ――」

「なにが、いいってことなの」

「フッ」

「戸部くん!」

 

「まあまあ」

とギンさんがなだめる。

彼は、窓の風景を見やりながら、

「年度末で、年度がわりの季節」

と言って、

「このサークルも……世代交代の季節を、迎えているのかもしれない」

と、本題に踏み込んでいく。

 

世代交代。

「もしかして……ギンさん、鳴海さん、引退しちゃうんですか?」

おれは問う。

ギンさんは、

「辞めるわけじゃないけど……相談役みたいな立場に、なろうと思って」

 

相談役……か。

いまいち、ピンとこないが、

「引き際がどう、とか言ったのは、そういうことだったんだ」

そう言ってギンさんは、おれに微笑み顔を向けてくる。

「でね。

 戸部くん、きみも、もう3年だ――。

 きみが中心になって、会を運営してほしいんだ」

 

「おれが……ですか!?」

 

ギンさん直々(じきじき)の、ご指名だった。

 

「肩肘張らなくったっていい。会を盛り上げてくれれば」

「ギンさん――!」

「楽しみだよ、戸部くんが盛り上げる『MINT JAMS』が」

「せっ、責任重大だ」

「責任重大とか、そんなのは、『MINT JAMS』に似つかわしくないよ」

――笑って、ギンさんが言った。

 

「引き継ぎ……みたいな、大それたことはしないけど。その代わり」

「その代わり……なんですか、ギンさん」

「ラーメンを食べに行こうよ、戸部くん」

!! ラーメン

 

思わず、叫ぶように言ってしまった。

音楽鑑賞サークル「MINT JAMS」の活動を通して――ギンさんや鳴海さんやおれは、ずいぶんなラーメンフリークになっていったのである!

 

「とたんにウキウキし始めたね、戸部くん」

「あたりまえだ、八木。ラーメンなんだ」

「よくやってるんだよね……ラーメン屋で、打ち上げ」

「なにも打ち上げないけどな」

「……」

 

「そうだ、八木さんも、きょうはラーメン来なよ」

呼びかけるギンさん。

「エッ!? わ、わたしは……」

「美味しいお店だよ。ここにいる4人で行こうよ」

 

4人で行ったら、ますます美味しいと思うが、

なぜだか八木が乗り気でないのが、見え見えだった。

 

「八木、もしかして、ラーメン苦手?」

「び、び、びみょーに、苦手かも、って」

うーん。

遠慮気味の人間を、無理に連れて行くのもなあ。

 

「もちろん強制はしないよ八木さん」

「じゃ、じゃあ、遠慮しておきます……ごめんなさいギンさん」

「かまわない、かまわない」

 

「なら、いつものおれたち3人組で、行くとしましょうか」

と言いつつ、椅子から腰を上げるおれ。

しかし、

意外なことに、鳴海さんが、

「ふたりで行ってきてよ」

とおっしゃったのだ。

 

「え、不都合……あったりするんですか? 鳴海さん」

おれが訊くと、

「ラーメンも、もちろん食べたいけど。

 でも、八木さんひとり取り残されるのも、つらかろう……と」

 

あ。

ほんとうだ。

 

「八木さん、ひとりぼっちになっちゃうもんね。

 鳴海さんは、いつもながら、気くばりが行き届いてる」

ギンさんが鳴海さんを賞賛する。

 

「ギンにほめられた~、八木さん」

「……」

「あれ、八木さん?」

 

ドギマギする、八木。

 

な、なるみさん、そ、そんなに、わ、わたしにはいりょしなくっていいのに

 

こいつ……、

鳴海さんの前だと、素直におしゃべりできないんか!?

 

「行こっかぁ、戸部くん」

ギンさんが促(うなが)す。

微笑ましそうな顔で、促す。

 

「――そうですね。」

八木の態度に疑念を抱きつつも、ギンさんに従い、おれは部屋を出たのだった。

 

 

× × ×

 

 

美味ぇ。

マジ美味ぇ。

ラーメンって、なんでこんなに美味ぇんだろう。

 

ただ、今回入った店のラーメン、背脂がたっぷり。

こってり系は、八木に合わなかったかもしれない。

 

だとしたら、

鳴海さんの判断は、適切すぎなぐらい適切だったってことか。

こってり、を、見越して――。

 

こってりラーメンと八木の相性以外にも、

鳴海さんが部屋に残ったのには、意図があるんだろうなあ、と思うけど。

 

――、

ラーメンと八木の相性も気になるが、

鳴海さんと八木の相性も、気になり出しながら、

大盛りラーメンのスープを、おれは飲み干していたのだった。