あすかちゃんも利比古も梢さんもお出かけ。明日美子さんは自分のお部屋で爆睡。そしてわたしの彼氏は今日明日とお仕事で、お邸(やしき)に『プチ帰省』するのは明日の夜。
わたしの彼氏より一足先にお邸に来ていたわたしは退屈だった。あすかちゃん・利比古・梢さんがお出かけで不在。明日美子さんはスヤスヤ眠っていて当分起きて来ない。わたしの彼氏のアツマくんも明日の夜にならないと邸(ここ)に来ない。
「遊び相手が居ないのよね」
リビングの長いソファに仰向けに寝転んで天井を見ながら呟く。
「知り合いもみんな忙しそうだから、無理に邸(ここ)に呼ぶのも悪いし」
再度の呟き。
「となると……」
ただ1人、遊び相手になってくれそうな男性(ヒト)がお邸(やしき)には居た。
わたしはスッ、と身を起こす。
× × ×
「愛ちゃんがぼくの部屋まで来たから驚いたよ」
「確かに流(ながる)さんのお部屋まで出向くのはレアケースですよね」
「で、どうしてぼくをリビングまで連れてきたの?」
「流さん。流さんが頼りなんです」
「え、『頼り』って」
「わたし流さんが居てくれないと孤独なウサギになっちゃいそう」
「!?」
「じょーだんですよ♫」
真向かいのソファで流さんが狼狽している。
狼狽お構い無しに、
「今日わたしヒマなんです。流さんが居てくれないと退屈な4連休初日になっちゃう」
少し前のめりの姿勢で、
「わたしの遊び相手になってくださいよ、流さん。流さんならとっても良い遊び相手になってくれるはず」
流さんは左手で頭をポリポリ掻いて、
「なれるかな。きみの『お相手』に」
「流さんならなれます。『真の遊び相手』に」
「なんか、どっかで聞いたような言い回しだな」
「『カレイドスター』ですよ。流さんの彼女のカレンさんが好きなアニメの『カレイドスター』。わたしは第26話の某登場人物のセリフを真似てるんです」
「どうしてきみが『カレイドスター』にそんなに詳しいの」
「わたしの女子力を舐めないでください」
「えぇ……。女子力とカレイドスターの因果関係って」
話が横道に逸れかかっている。
話を軌道修正したくて、
「小説。小説はほとんど書き終わって、少し手直しをしたら、あとは新人賞に送るだけでしょう?」
彼は新人賞に投稿するための小説を書いていて、わたしが彼の執筆のアドバイス役になっていたのだ。
「そうだよ、ほとんど完成してる。だからもうじき出版社に送る」
「それなら、この4連休を執筆に費やさなくても良さそうですよね?」
わたしはそう言ってから、
「流さんも時間が空(あ)いてるんでしょう? ヒマな人間同士で楽しみましょうよ」
「なんとしてもぼくを遊び相手にしたいみたいだね。でも、『遊び』っていったいどんなコトを?」
「まったく考えておりません」
型通り困惑する流さんのお顔が眼に映る。
「卓球台のある部屋で卓球したり、外のお庭でバドミントンしたり、スポーツで汗を流すのも良いんですけど」
「……うん」
「わたしはどちらかというと、グランドピアノの方に気持ちが傾いてます」
「グランドピアノ!?」
「こういう機会じゃないと、流さんにピアノ弾いてあげられないじゃないですか」
「弾いてくれるのは嬉しいけど……。『遊び』とは、ちょっと違うよね?」
黙ってわたしは立ち上がった。
ペタペタと流さんの座っているソファに近付いた。
右手で彼の右手を優しく掴んだ。
「愛ちゃん!?」
「わたしと一緒にグランドピアノのある場所に来てください」
「ぼ、ぼくを引っ張っていきたいワケ」
「引っ張っていきたいです。立ってほしいです」
× × ×
「観客が流さん1人って、たぶん初めて。長い付き合いなのに」
半分ヒトリゴトとして呟いた。
もう既にグランドピアノの前に座っている。
「カラダが硬くなってませんかー? ながるさーん」
椅子に座った唯一の観客の男性(ヒト)に言う。
「な、なってない、よ?」
「『なってる』と解釈して宜しいんですね」
自分勝手にそう言って、流さんから鍵盤に視線を移して、
「ま、曲を弾いてあげたらカラダもほぐれるでしょう」
それから、
「まずBase Ball Bearを弾きます」
「どうして、そういうチョイスを……」
「言ってたじゃないですかあ。『初期のBase Ball Bearはよく聴いてた』って。流さんは96年度産まれのアラサーだから、直撃世代と言っても良いんですよね」
さりげなく『アラサー』というワードを出しつつも、鍵盤に眼を向けたまま、
「リクエストしてください。Base Ball Bear縛りで」
流さんが戸惑っているのが、流さんを見なくても、手に取るように分かる。
沈黙が続く。悩んでいるのね。
それにしても、『Base Ball Bear』って割りと長いバンド名よね。略して呼びたい気持ちもある。いちおう『ベボベ』って略称もあるけど、個人的には如何なモノかと思う。『ベボベ』って『bonobos(ボノボ)』と何だか響きが似てるじゃないの。
こんなふうな些末なコトを考えながらリクエストを待った。
ようやく流さんからのリクエストが来た。
だけど1曲に絞れなかったようで、3曲も曲名を出してきた。
もちろんわたしは3曲全部弾いてあげる。
だけどだけど、
『1曲に絞り切れないようでは、先が思いやられるわね。創作文芸のコトもそうだし、彼女のカレンさんとの将来の◯◯にしたって……』
というお気持ちがわたしにはあったから、
「優柔不断。」
と、もちろん流さんには聞こえないような声の量で、ピアノに向かって苦笑いしながら呟いたのであった。