麗しき幹事長の羽田愛センパイが、
「拳矢くん最近『データファイル』を持ち歩いてないみたいよね」
とぼくに言う。
「声優のデータファイルのコトですか?」
とぼく。
「もちろんそうよ。ほら、あなたは統計取ったりしてたでしょ? 各クールごとにそれぞれの声優さんが何作品テレビアニメに出演してたとか」
と羽田センパイ。
「統計は取り続けています。ですけど……」
「なぁに? 心境の変化でもあったってコト?」
「変化というか何というかですけど」
ぼくは、
「出演作品数だとか、数字にこだわり過ぎるのも良くないのかなぁ……と思ったりして」
「もっと詳しく」
羽田センパイは手強く詰めてくる。
弱腰キャラなぼくだが、弱腰なりに、
「『実感』が大事なんだと思います。年間トータルの出演作品数がさほどでも無くても、存在感を発揮してる声優さんは少なくないので。単に数字を見るだけでは見えて来ないモノもある」
「声優さんだけじゃなくて色んなコトに言えるコトよね」
笑顔の羽田センパイ。
「ハイ、まさに。データは事実ですけど、『実感』は事実を上回るんだと思います」
うんうん、と頷くぼくたちの幹事長。
「良いコト言ってる。拳矢くんあなた、まるで成長していないワケじゃ無かったのね」
彼女はホメてくれるけれど、
「で、『実感』があるのはどの声優さんに対して? 具体的な声優さんの名前を出して説明してほしいわ」
× × ×
説明で消耗したぼく。
喉が渇いてくる。ペットボトル麦茶をゴクゴク飲む。
それから、
「羽田センパイは哲学専攻ですよね。だから、筋道の通った説明を望むんでしょうか」
「ま、ついつい相手にも論理的になるのを要求しちゃうのよね。哲学好きの悪いクセかな」
と答えるわれらが幹事長たる羽田センパイ。
見目(みめ)麗しき幹事長は、
「ところでところで」
と言い、前のめり姿勢になり、
「哲学的ではなく、文学的な話題なんだけど」
と話の方向を転換させ、
「言ってなかったっけ、拳矢くん? 『ぼく、声優さんを主役にした小説を考えてるんです』って」
確かに言った。
言ったのだ。
「まだ構想の段階に過ぎませんけど。頭の中で考えてるだけで」
後頭部をポリポリと掻きながらぼくは答える。
「ふぅん」
羽田センパイは流し目で、
「一人称にするの? それとも三人称にするの?」
「そこですか? たぶん三人称です」
「じゃあ声優の主人公は1人だけってコトじゃ無さそうね」
「ダブルヒロインです」
「ほほぉ〜っ」
彼女はとっても面白そうに、
「対照的な2人の若手女性声優がいて、業界の中でそれぞれに歩んでいく道を描く、って感じかな?」
ぼくの胃が一気に痛くなった。
なぜか。
超図星だったからだ。
羽田センパイはぼくの構想を95パーセントぐらい言い当てていた。
そうなのだ。羽田センパイという女性(ひと)は、哲学的センスだけでなく、文学的センスもずば抜けているのだ。
輝かしい微笑で、
「そのダブルヒロインのモデルになる若手女性声優がいるのよね?? 誰なの??」
と、どんどん迫ってくる羽田センパイ。
マズい。
マズい状況だし、コワい。
コワいというのは、ぼくの小説の構想に興味津々な羽田センパイに畏怖(いふ)を覚えてしまうから。
冷や汗がダラリ。
「教えてちょーだいよぉ♫」
ニコニコと前のめり姿勢な羽田センパイがますますコワい。
気温上昇に伴い解禁されたクーラーによって寒気に拍車がかかる。
窮地……!
しかしながら。
今この場に居る女子は、実は、羽田センパイだけではなく。
大井町侑(おおいまち ゆう)センパイも居たのだ……!!
大井町センパイはスケッチブックへの描(か)き込みを続けながらぼくと羽田センパイのやり取りを聞いていた。
そして、いつの間にかお絵描きを中断していた。
窮地に陥ったぼくが大井町センパイの方を見ると、スケッチブックが机上(きじょう)に置かれていたのだ。
今や大井町センパイは、左手で頬杖を突きつつ穏やかな笑顔でぼくたちを見つめている。
大井町センパイって、こんな優しい表情もできたんだ……。
い、いや、そういうコトを考えてはいけないよな、うん。
ついに彼女も口を開く。
「愛。拳矢くんが困ってるのを分かってあげなさいよ」
羽田センパイを下の名前で呼んでやんわりとたしなめる。
「一気に迫られると困るわよ。後輩の男の子に対してパワーなハラスメントしたらダメでしょ。幹事長の権力を悪用しないの」
柔らかく、優しく、お説教。
「侑……。」
うろたえて、そして、シューンとなって、羽田センパイはチカラ無く下向き目線に。
見目麗しき羽田センパイがだんだんと幼くなる。縮こまり、まるでお母さんに叱られた女の子のような弱々しい表情に。
「拳矢くん」
弱々しくなった幹事長はボショリと、
「言い過ぎてごめんなさい」
……良いんですよ。
カワイイから、許します。