【愛の◯◯】4人の男子は異口同音に

 

漫研ときどきソフトボールの会』のサークル室。

同期の脇本くんにドイツ語を教えている。

短い文章を読ませる。うん。上手く読めてる。

「その調子よ脇本くん。着実にあなたは語学のチカラを付けてる」

「ほんとかな羽田さん」

「わたしを疑わないでよ♫」

彼は苦笑気味に、

「わかった。羽田さんが太鼓判を押してくれたって思っとく」

「わたしは紛れもなく『押してる』から」

「あはは……」

ところで。

「湯窪(ゆくぼ)ゆずこちゃんとは、どーなの? 独文専攻同士、上手くやれてる?」

「『上手くやれてる』とは」

「仲良くできてるかってことよ」

「ん……。仲は良好だけど。もしかして羽田さん、ゆずことの関係について、なんか深読みしてない?」

わたしは脇本くんの発言を華麗にスルーして、

「一方で、バイト先にも同年代の女の子が居る。市井光夢(いちい みゆ)さん。彼女とは、どんな感じなのよー」

「……相変わらず無口なんだ、あの娘(こ)は」

「じゃあもっとココロを開かせてあげないとね」

「羽田さん、きみどーしてニヤけた顔で言うの……」

「だって、あなたと近しい女の子のコトなんだもの」

かなり大きな溜め息をついて、彼は、

「僕のこといろいろ詮索するより、自分のことを考えたほうがいいんじゃない?」

「あれっ、脇本くん厳しいわね」

「厳しくないよ。でも、きみもそろそろ、進路のことを」

「4年じゃ卒業できなくなっちゃったけどね」

「あまり関係ないと思うよ、そーいうコトは」

「そう?」

「そう。」

それから彼は小さな溜め息をつき、

「いまこの場で、きみの職業適性について思ってること、言ってあげようか」

「え、いったい脇本くん、なにを思ってるの?」

「ズバリ言うけども。羽田さん、きみにいちばん似合ってると思うのは、学校の先生だよね」

わたしはビックリして、

「どうしてそんなこと思ってるの!?」

「まず、ドイツ語の教えかたの上手さは、折り紙付きだ。そして、ドイツ語じゃなくて他の教科でも、間違いなく上手に教えることができる」

他の教科も……?

「他の教科って、例えば」

問うわたしに、

「倫理とか。きみ哲学科だし。それから、世界史なんかも。まあ、なんの教科でも教えられると思ってるけど」

わたしは彼のコトバを受けて、少しテンパる。

ここで、ずっとスケッチブックにスケッチしていた新田くんが、いつの間にか顔を上げていることに気付く。

なにか言いたいのかしら……と思っていたら、

「ズバリ高校教師だよな。羽田さんは」

「に、新田くんまで!? しかも、高校教師向きだなんて、ピンポイントな!?」

「直感さ。直感に過ぎないけど」

新田くんは、

ワッキーにはずっとドイツ語教えてきてるでしょ? 俺、羽田さんがワッキーに教えてあげてるのをずっと見てたけど、見ていくうちに、『ああ、高校教師だなあ……』って」

高校教師『みたい』じゃなくて、高校教師『だなあ』って思ったの。確信があるってワケ……。

「繰り返し言うけど、直感に過ぎない。独断だよ。けど、羽田さんが高校で先生やってる姿って思い浮かべやすいし。それに、間違いなく生徒には慕われそうだし」

慕われる。

どうなのかしら、それ。

高校教師になったとして、いったいどれだけ、教え子がついてきてくれるのか。

 

わたしの真向かい席には後輩の拳矢(けんや)くん。ずっとヘッドホンで声優ソングと思しき曲を聴いていたと思いきや、いつの間にかヘッドホンを外していて、

「ぼくも、羽田センパイは教え上手だと思います。とっても教え上手。ほら、センパイってよく、文学や音楽の話をぼくらにしてくれるでしょう? その説明の仕方が、すっごく分かりやすいんですよ。説明上手教え上手だから、いつの間にやらぼくたちにも、教養がついているんです」

語ったかと思えば、柔和な笑顔でわたしを見て、

「『そういった方面』を、検討してみたらいいんでは? まぁ、検討してみたら……なんて、下級生が言うのも、不遜な気もしますけど」

なぜかわたしの胸の鼓動が速くなる。

「あの~」

入り口ドア近くの席に居た後輩の成清(なりきよ)くんが、

「おれも、拳矢に同意で。羽田センパイの文学談義や音楽談義、すごく面白くって、引き込まれて。もしおれが高校生であったとして、センパイのそんな談義を聴くことができたら、毎日がすごく楽しくなると思うんです」

そこまで言うの。言っちゃうの。

リスペクトしてくれてるのは、嬉しい、けれど、

「チヤホヤされ過ぎると、わたし、戸惑っちゃうかな……チヤホヤされるの、実は苦手だし」

「いいえチヤホヤします。しちゃいます」

「成清くんっ!?」

「次の根拠」

「……」

「おれ、バンドのボーカルになったじゃないですか」

「『ソリッドオーシャン』ね。あすかちゃんたちのバンド。だけど、バンド活動がどうかしたの? わたしの教師適性となにか関係が?」

「ありますよ」

「……あるの」

「ハイッ。この前ですけど、羽田センパイにキーボードのサポートメンバーになってもらったことがあったじゃないですか。サポートメンバーだったけど、センパイすごいリーダーシップで。的確に指導やアドバイスされたから、いつもよりライブでの演奏が安定してて」

成清くんはニッコリと、

「ああいったことも、高校教師に向く根拠になってると思うんです」

「わたしは、バックでキーボード弾いてただけよ?」

「謙遜されるのは苦手かな、おれ」

「成清くん、ど、どーして、謙遜されるのが苦手、だなんて」

「無限の可能性に自信を持ってもらいたいんです」

「わたしに?」

「羽田センパイ以外のだれが居るんですか」

「……」と唖然となる寸前のわたし。

畳み掛けるように、

「諸々の無限の可能性の中で。子どもを導く先生になるっていう可能性が、ひときわ輝いてる」

「どういう意味……」

「すみません、分かりにくい言い回しでしたよね」

素直に謝ってから、成清くんはすぐさま、

「みんな思ってますよ。『羽田センパイみたいな先生が高校時代に居たなら、もっともっと楽しかっただろうにな』って」

「しゅ、主語が大きすぎよっ。『みんな』だなんて」

「敢えて主語を大きくしました」

「成清くん……!」

 

ふと、周りを見渡した。

脇本くん・新田くん・拳矢くん。

他の男子たちが、一様に、『微笑ましいな』って思ってそうに、微笑んでる……!!