12月になっちゃった。
師走(しわす)。
冬。
夕食の席。
アツマくんに、
「あのね昨日ね、サークルに男の子の会員が4人来てたんだけど、4人とも、わたしの将来の進路について、『学校の先生は向いてると思う』って……」
こう切り出して、彼の反応を見る。
彼は味噌汁の茶碗を置いて、
「サークルの男子たちも、おまえのこと、だいぶ分かってんじゃねーか」
え。
それって。
「アツマくんも、『向いてる』って思うの?」
言うと、彼は静かに両手をダイニングテーブルの料理の前で重ねて、
「自覚が無いんかいな」
わたしも箸を置き、
「正直あんまり」
「そりゃーもったいない」
「どうしてもったいないって思うの?」
「おまえが学校の先生になったら、いい仕事すると思うぜ?」
「もっと具体的に」
「んー」
彼は左腕で頬杖をつき始めて、
「おまえの名前じゃないけどさ。教え子に『愛』される先生になるんじゃないかな」
愛される。
わたしが。
子どもに。
アツマくんの直感は、割りと鋭い。鋭いからわたしは焦り気味になって、箸を再び持とうとしたら、危うく落としちゃうところだった。
× × ×
食事を終えたあと、ダイニングテーブルで向き合い続け、わたしはホットコーヒー、アツマくんは温かい緑茶を飲む。
「例えば、おまえが高校教師になったとする」
彼に切り出されて、マグカップを持つ手がピタリと止まる。
「おまえが赴任したら、赴任した学校の偏差値が上がると思う」
なに言うの!?
「なに言うの!? わたし個人の能力で、学校全体のレベルが上がるわけないでしょ」
「いいや? 上がるわけ、あるぜ」
「理由。理由を」
「おまえの『教える能力』が高すぎて、偏差値が上がるんだ」
「仮に上がるにしても、ひとつの教科を教えるだけだから、ひとつの教科しか上がらないでしょ。社会科を教えるとしたら、社会科だけ」
「相乗効果がある。おまえの教えるチカラの優秀さが好影響を及ぼして、国語も英語も数学も理科も、軒並み上がっていくんだ」
「そんなの、妄想みたいじゃない」
彼は穏やかに緑茶を啜って、
「まぁ、偏差値だけが全てではもちろんない。だけど、偏差値に限らず、おまえの存在によって、学校がいろいろと向上していくと思うんだ。部活動とかもそうだよな」
「わたしにそんなカリスマ性なんかない。あったとしても、チヤホヤされすぎると、つらくなっちゃう」
そう言ってマグカップを口につけた。冷めかかっていて、苦かった。
× × ×
わたしひとりだけ本棚の近くに腰を下ろし、永井荷風の小説を読み始めた。
荷風。
荷風との結びつきから伊吹先生を連想し、本をいったん閉じて、眼も閉じて、教壇に立っていた彼女を思い描く。
なんだかんだで彼女はカリスマ的な先生だったんだと思う。
行動や発言に難はあったけど、きちんとわたしたちを育ててくれて、導いてくれた。
特にわたしが彼女から受けた恩恵は計り知れなかった。
部活の顧問だったし、最後の年度は担任でもあったんだけれど、そういったことに限らず、いろいろわたしに良くしてくれて、時には助けてくれた。
わたしだけを特別扱いしていたとかではないと思う。でも……。
「どした。物思いか、愛よ」
アツマくんが近づいてきたので慌てて眼を開けた。
「沈思黙考(ちんしもっこう)ってコトバ、分かる?」とわたし。
「知ってる。舐めるんじゃない」と彼。
「別に舐めてなんかないわ」
言ってから、視線を彼に近づけて、
「沈思黙考してたの。あなた、退屈じゃなかった? わたしが黙考しっぱなしで、なんにも喋らなかったから」
「そんなこと無いぜ」
「悪いと思ってる。『チヤホヤされると、つらくなっちゃう』とか微妙なコトバで空気を微妙にして、勝手にひとりで物思いになって」
「おれも悪い。『おまえが先生になったら学校の偏差値上がる』だとか、突拍子も無かったし」
ソファの下に腰を下ろしているわたし。真向かいに胡座(あぐら)をかいた彼が、より一層距離を近づける。
ポン、とわたしの頭頂部に手が置かれる。
甘えたいキモチが満ち溢れて、
「伊吹先生のこと、思い浮かべてた。もしわたしが先生になったなら、彼女みたいに魅力的な先生になることができるかしら……って」
と言いつつ、彼の背中に両腕を伸ばす。
「なれるさ。おまえがその気なら」
「まだ就きたい職業を確定させたわけじゃないのよ」
「重々承知だ」
「だけど、最有力候補の一角に躍り出た」
「そーか」
「最有力候補のひとつになった記念に、あなたを抱きしめる」
「無茶苦茶な理由付けまでしてスキンシップしたいんか」
「『したい』じゃない。もう『してる』」
「……長時間離れてくれそうにねーな」