どうも皆さま。貝沢温子(かいざわ あつこ)です。
ゴールデンウィークが明けて初日。気怠(けだる)さを感じながらも授業を受け、なんとか放課後になり、図書館へと向かったのです。
図書館に行った理由は読書会があるから。図書委員のわたしは今回が当番なのでした。
× × ×
会が終わって参加者がぞろぞろと図書館から出ていった。
片付けをしてからカウンター奥の打ち合わせスペースに移動する。
革張りソファに座ったら少し遅れて春園保(はるぞの たもつ)センパイがやって来て真向かいの革張りソファに座った。
「貝沢さん、反省会する?」
「した方が良いんではないでしょうか」
わたしはさっきまでの読書会を振り返り、
「村上春樹の『中国行きのスロウ・ボート』をテキストに選んで『反応がどうなのかな?』って思いながら会に出ていました。『初めて春樹を読んだけど面白かった』って言ってくれた子や『ここはこうなんですよね!!』って熱心に作品を解釈してくれた子が居たのは嬉しかったです。反面、『難しかった』『作者が何を言いたいのか分からなかった』という意見も出たんですが」
「出たねえ、そういう意見」
「覚悟はしてましたが」
「覚悟かぁ。貝沢さん、スゴいんだねぇ、きみは」
何がスゴいんだろうか。
唐突にホメられ、春園センパイの顔から胸の辺りへと視線が移ってしまう。
制服スカートに置く両手にも余分なチカラが入ってしまう。
「『作者が何を言いたいのか分からなかった』って意見だけども」
そう言ってセンパイは革張りソファの手を置く所に両手を置き、
「『作者が何を言いたいのか』って本当に大事なのかな」
えっ。
「大事だと思いますけど、わたし。現代文の授業でも『作者の意図』について先生が説明したりしますし」
何故かセンパイが不敵に笑った。意味深な笑みだと思った。
この話の流れはどんな方面に行ってしまうのだろうと思っていたら、
「ねえ貝沢さん? オフィシャルでやる読書会も良いんだけどさ」
意味深な笑みを持続させて革張りソファに両手を委ねたまま前のめり気味になったセンパイが、
「オフィシャルじゃ無い『読書会』をやっても良いとおれは思ってるんだ」
「……どういうコトですか」
「例えば、村上春樹でも『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』みたいな長編だと図書委員の読書会ではやりにくいでしょ? そーゆーのを読むんだよ。春樹ではなく村上龍でも良いんだけど」
「それはいったい何人(なんにん)で……」
「おれときみのふたり」
「!?」
「って言ったら……どーする?」
× × ×
『ふたりきりで』非公式の読書会をやるというのは冗談に過ぎないらしくてホッとした。
『やるなら5人以下の少人数でやりたいね。文庫本2冊以上の長編小説を読むガッツのある奴が誰か居ないかなあ?』
とセンパイは言っていた。
春園センパイって何だかオトナだ。
高校3年でわたしよりオトナに迫ってるからなのはもちろんだろう。だけど、高校生を半分抜け出してるような雰囲気を感じる。
超然としてるというか何というかだ。
わたしが3年に進級したとしてもあんな風にはなれないだろう。
5月らしい風が吹いている。それを肌で感じながら校舎の外を歩き、春園センパイの発言などを頭の中で反芻(はんすう)する。
向こうから背の高い女子生徒がやって来る。
紛れもなく本宮(もとみや)なつきセンパイだ。わたしの所属している「スポーツ新聞部」の部長。
「ヤッホー、オンちゃん」
右手を振り、わたしをニックネームで呼んだ。
眼の前に近付いてきて立ち止まる。バレーボール経験者らしい170センチ以上の長身。
「読書会とっくに終わってるよね? ずいぶん長く図書館に居たんだね」
「すみません。反省会が長引いてたんです」
「いやいや、謝る必要無いって。もともと『読書会で部活に来れません』って連絡してくれてたでしょ」
それもそうなのである。
でも、思わず謝った。
「オンちゃんはもうちょっと堂々としてた方が良いかもねえ」
「堂々と?」
「強気に行くんだよ、強気に。それがスポーツ新聞部女子の伝統なんじゃん」
3年生のセンパイ女子らしく余裕でいっぱいの笑顔になり、
「春園くんも居たんでしょ?」
「はい、わたしと春園センパイは当番だったので」
「そっか」
余裕スマイルを持続させつつもいったんコトバを切り、それから両手を両方の腰に当てる。
意味深な仕草であると感じ始めていたら、
「春園くんって賢いんだよね。テストの点数とかそういうのじゃなくて。『知性』があるんだよ、『知性』が」
と彼女が春園センパイを評価し始め、
「オンちゃんも食い下がっていかないとね」
と言い、
「強気だよ、強気強気」
と『強気』というワードを3回も連呼するから……わたしは困り始めてしまう。