「トヨサキくんってお姉さんが2人いるんだよね!?」
秋本萌音(あきもと モネ)先輩が大きな声で言った。モネ先輩はいつの間にか豊崎くんにかなり近い場所にパイプ椅子を置いて座っていた。
距離が近いモネ先輩に対して豊崎くんは、
「おりますが」
と答え、警戒を隠せない表情。
「だから、豊崎三太(とよさき さんた)くんなんだよねー」
と言いつつモネ先輩は豊崎くんから視線を外さない。
これは徹底的にイジられて弄(もてあそ)ばれるパターン。
モネ先輩は3年生で放送部のナンバー2ポジションの女子なのである。
わたしや豊崎くんとの2学年差は大きい。
わたしたちが入学してからまだ2ヶ月経っていないのに、モネ先輩が放送部室で豊崎くんをうろたえさせるシチュエーションが早くも「お馴染み」になってきている。
わたしと豊崎くんは本来KHK側の人間で、部外者とは言えないにしても放送部には所属してないんだけどな。
でも、放送部に出向く用事は多い。KHK(桐原放送協会)は去年1年休業状態だった。誰も会員がいなくて活動が無かった分の埋め合わせを放送部がしてくれていた。そして、その埋め合わせはまだ続いている。
昼休みの校内放送番組『ランチタイムメガミックス』は本来KHKの番組。でも、制作はほとんど放送部が引き受けている。わたしと豊崎くんがまだ入学したばっかりだからだ。
今日放送部室に来た目的は来週以降の『ランチタイムメガミックス』のスケジュールについて放送部の幹部クラスの女子(ひと)と話し合うためだった。
部長である中川紅葉(なかがわ もみじ)先輩はスタジオで発声(はっせい)の研究に没頭している。だから、話し合うとしたらナンバー2のモネ先輩だった。
しかし、モネ先輩は例によって豊崎くんをオモチャにすることに熱心で、わたしと話し合ってくれるような雰囲気ではない。
「三太(サンタ)くん、三太(サンタ)くん」
男子小学生に呼び掛けるような声の甘さでモネ先輩が呼び掛ける。
「なぜ唐突に下の名前で呼び掛けを……」と困惑の豊崎くんだが、
「3姉弟の末っ子長男ってのを強調したかったんだよ。わかってよ〜」とモネ先輩にからかわれてしまう。
こういうパターンは最早予測の範囲内。茶番めいてきている。
「ねえねえねえ!! サンタくんの2人のお姉さんとわたしだったら、どっちがより『姉キャラ』っぽい!?」
豊崎くんの顔にモネ先輩の顔が近付く。
「……」と慄(おのの)くような表情で彼はなんとも答えられない。
ここで、
「モネせんぱーい。トヨサキくん怖がっちゃってますよ?」
と、2年生部員の本田くるみ先輩がツッコミを入れた。
しかし、モネ先輩を本気でたしなめるような意図があるはずも無く、
「わたしはモネ先輩みたいに怖がらせるんでは無く、もっと違った『アプローチ』をトヨサキくんにしてみたくって」
と明るい笑顔で言い、
「トヨサキくーーん。わたしはモネ先輩よりうーんと優しい女子だよーーっ」
と謎の自己PRをし、モネ先輩とは逆のサイドに回り込み、哀れなる豊崎くんを立って見下ろす。
豊崎くんは先輩女子2人に挟み撃ちされたのだ。
「トヨサキくんさ、モネ先輩みたいな『姉キャラ』だけじゃなく、わたしみたいな『姉キャラ』も『アリ』だと思わない!?」
「ほ……本田先輩、おっしゃる意味が、もうひとつ……」
「ダメだよ『本田先輩』とか他人行儀な呼び方は。わたしのコトは『くるみ先輩』って名前で呼んでよ。『お姉さん』からのオ・ネ・ガ・イ」
くるみ先輩ってこんなに積極的なんだ。
スゴいや。
1学年上のモネ先輩に張り合える。
そして豊崎くんの顔面は少しずつ少しずつ青白く。
「ねえ、くるみ」
「なんでしょうかモネ先輩」
「トヨサキくんをわたしから奪い取りたいの?」
そう訊きながらもモネ先輩は余裕の中の余裕スマイル。
「そこまでは思ってません。ただ、彼に関しては基本『共有』で、場合によっては先輩女子の誰かが『占有』する……こういうのが良いんではないでしょーかと」
『こういうの』って『どういうの』なんだろう。
ロングのモネ先輩よりさらに長いロングの髪のくるみ先輩にココロの中だけで軽くツッコむ。
にしても。今回豊崎くん、全然喋ってないよね。
キミは将来的に『ランチタイムメガミックス』のパーソナリティをやりたいんだよね。
いくら先輩女子の勢いが凄まじいからって、全くモノを言えないのもどうかと思うよ。
カチンコチンに固まってるばかりじゃ校内放送で喋られないじゃん。
紅葉(もみじ)部長がようやくスタジオから出てきた。
先輩女子2人に挟み撃ちでオモチャにされるという酷い状況の豊崎くんを一瞥(いちべつ)し、
「どうしようも無いね。これは収拾つかないね」
わたしは『ランチタイムメガミックス』のスケジュールの件を敢えて捨て置き、
「部長パワーでもっと収拾つかない状態にするのはどうですか?」
「お」
放送部部長は微笑み、
「篁(タカムラ)ちゃんも、言うねぇ」
と、わたくし篁(タカムラ)かなえをホメてくれて、それから、
「カオス状態にするのも悪くないよね。タカムラちゃん、わたしと一緒にトヨサキくんの眼の前に行ってみる??」
と言って、次第にニヤつき始めていく。