放課後だ。
今日も旧校舎の「第2放送室」に来ている。
昨日入手したノートパソコンをスタジオのほうに移動させて、同じ1年男子の豊崎三太(とよさき さんた)くんと共に、『KHK(桐原放送協会)』が過去に制作したテレビ番組を観ようとしている。
スタジオには『引き継ぎノート』も持ってきた。
KHKのOG・OBが遺してくれたノートだ。KHKの「遺産」である。
KHKを蘇らせたい後輩が現れた時のために、番組制作その他いろんなノウハウをOG・OBの方々が書き残してくれている。
「豊崎くん。今日は、この引き継ぎノートに眼を通しながら、過去のテレビ番組を観ていこうね」
「タカムラ」
「なあに」
「引き継ぎノート読みながら映像も観るって、器用過ぎないか?」
「なに言ってるのっ。わたしたちにはあまり『ゆとり』が無いんだよ。KHK復活のためには急がなきゃ。いくつかの作業を同時並行でやらないと、あっという間に夏休みになっちゃうよっ」
「だからって、急ぎ過ぎは禁物だろ。ほら、知らないか。『急(せ)いては事を仕損じる』ってことわざが――」
わたしは豊崎くんの頭に引き継ぎノートを被せた。
× × ×
ふたり隣り合って過去番組映像を視聴しているのだが、ノートパソコンの小ささゆえか、なんだか窮屈だ。
「ねえ、なーんか窮屈じゃない?」
「なにが窮屈なんだよ、タカムラ」
「キミとふたりでこのパソコンの画面見てると、わたしに余裕が無くなっていく」
「もうちょい分かりやすく」
豊崎くんの要請に応じず、黙って引き継ぎノートを彼に手渡し、
「キミは画面見るのやめて、このノートを熟読しといて」
「作業は同時並行じゃなかったのか?」
「予想以上にノートパソコンの画面が小さかったんだよっ! やりかたを変えざるを得ないのっ」
「タカムラってさあ」
「なに」
「なんというか、強引だよなぁ。中学時代から、運動会とか文化祭とかで、同級生を無理やり引っ張ってそう。強引なリーダーシップでもって」
「バカッなにゆーの豊崎くん。おこるよ!?」
「図星なのか?」
わたしはジッとノートパソコンの画面を凝視する。
その一方で、ココロの中では豊崎くんを厳しく睨みつける。
中学時代のあれやこれやに関しては黙秘を貫く。
「おいおい。タカムラおまえ、生徒が授業を聴いてくれなくて教壇の上でスネちまった先生みたいになってんぞ」
「なにその学級崩壊!?」
わたしは画面に向かって叫ぶだけ。
× × ×
2022年の2学期終業式の日に行われた『KHK紅白歌合戦』の映像を観ている。
ノートを読むのに飽きたらしく、豊崎くんが背後から、
「タカムラ先週言ってなかったか? 『KHK紅白歌合戦を復活させたい』っていう『願望』があるって」
「あるよ」
羽田利比古(はねだ としひこ)センパイがほぼ独力(どくりょく)で企画して開催した『KHK紅白歌合戦』。第1回だけで打ち切りになるのは惜しい。わたしが在校する3年間で、第2回・第3回・第4回と回を重ねていきたい。いや、『重ねていきたい』じゃない。『絶対に重ねていく』んだ。
また背後から豊崎くんが、
「おまえは『紅白歌合戦』みたいなイベントに熱い想いを抱いてるみたいだけどさ」
「否定してるわけではない」
彼はいったんそう言っておいてから、
「ただな。令和なんだよ。2020年代なんだよ。時代は、紅白歌合戦じゃなくって、ロックフェスとかじゃねーか?」
わたしは、反論。
「ロックフェスだってもう『伝統』でしょ!? 例えば、フジロックが始まったのって、わたしたちが産まれるずっと前だよ!? 1990年代からある。『令和だから2020年代だからロックフェスだ!!』っていう理屈なんか、通用しないよ」
「だけどさ、『紅白歌合戦』ってタイトル自体、昭和臭が充満してるみたいじゃねーか」
わたしはピリピリと、
「きっと利比古(としひこ)センパイには意図があったんだよ、わざわざ『紅白歌合戦』っていうフォーマットを使うコトの意図が」
「フォーマット、ねえ」
聞き分けの無い豊崎くんは、
「おれはロックフェスのほうが良いな~。サマーソニックもじって、『桐原ソニック』とかさ!」
すぐにわたしは豊崎くんに振り向いた。
「豊崎くんって……」
「な、なんだよタカムラ!? 苦い顔しやがって」
「ダサい」
「は!?」
「ダサいよね。マジでダサい。わたしがなんでダサいと思うのか、自分の胸に手を当ててよーーく考えてみてよっ」
うろたえまくる豊崎くん。
最近の男子高校生は、自らのダサさに向き合えない。