「ハイ、これあげる、羽田くん」
そう言って、某スポーツドリンクを明智(あけち)先生が手渡してくれた。
「お疲れさまの、ご褒美(ほうび)」
と先生は。
たくさんの男子生徒が歓喜しそうな……微笑みのスマイルが炸裂している。
「先生こそ、お疲れさまでした」
「私はあんまり疲れてないかな」
「えっ?! でも先生、長時間にわたって『司会』をやり続けて……」
「楽しかった。楽しかったから、くたびれは、無し」
「……」
手渡されたスポーツドリンクに視線を寄せてしまうぼく。
『第1回KHK紅白歌合戦』の総合司会を務め終えたばかりである明智先生。
彼女が、苦笑いスマイルになって、主催者のぼくに、
「ここは戸惑うところじゃないよ、羽田くん」
と言う。
「本当に楽しかったんだから……。ありがとうね」
そんなコトバの響きに、こころなしか、しみじみとしたモノが混じっているような気がした。
しみじみ含(ぶく)みで言ったかと思うと、先生は、ぼくの顔に目線を当てて、スマイルをきらめかせる。
「羽田くん、」
「…はい?」
「君、根性あるよね」
「?!?!」
「なーんで戸惑いが倍になっちゃうかなぁ」
苦笑いをきらめかせながら……先生は、「根性あるよね」と言った理由を語り始めていった。
× × ×
実を言うと、スポーツドリンクは苦手だ。
甘ったるいと感じてしまうのが、苦手の理由。
…でも、きょう飲んだスポーツドリンクは違った。
甘ったるさを感じなかった。
『KHK紅白』の主催者をやり遂げたから、なんだろうか。
終業式の直後から体育館の中を激しく動き回っていたから、消耗して、それでスポーツドリンクが口に合うのかもしれなかった。
ペットボトルをゴミ箱に捨て、すぐそばのベンチに座る。
すると、学食(がくしょく)の方角から、現在の桐原高校を代表するスーパースターがやって来たのである。
「――絶好のポジションで観させてもらったよ」
ぼくの前に立って、外江(とのえ)くんは話し始める。
「凄いイベントだった。
こんなに寒い季節なのに、体育館のボルテージ、まるで夏フェスみたいだったよ。
もしかしたら、本家の『紅白』よりも、凄いイベントだったかもしれない。
……照れなくていいじゃないか。おれに褒(ほ)めちぎられたからって。
『第1回』ってことは、イベント継続の意向があるんだろう?
きょうみたいなのが、2学期終わり恒例の年中行事みたくなったら……楽しいよな。」
「継続の意向は、あるけども。
一方で……ぼくが卒業することは、避けられない」
外江くんにそう言うと、
「きみの『KHK』の人員が、ゼロになってしまいます問題がある、と」
と、彼に的確に言われてしまう。
ぼくにも、もちろん考えが無いわけは無くって、
「これから、放送室に行くんだ。協力してくれた放送部の子たちと、反省会。
そこで……来年以降のことを、持ちかけてみる」
外江くんはぼくのコトバを聞いて、
「うまくいくといいね」
と返す。
自販機の真横に立ち、冬空(ふゆぞら)を見上げるようにして、
「…羽田くん。きみも、当然凄いんだが。
KHKを立ち上げた、麻井律(あさい りつ)先輩も……桐原高校史上に残る、逸材だったよな」
と…彼は。
斜め下向きで座るぼくは、
「ぼくなんかより……100倍凄かったよ、彼女は」
とコトバを落とす。
「彼女の姿はきょう、見当たらなかったが」
と言う外江くんに、
「麻井先輩には麻井先輩の事情があるからさ。それに、茨城県って、なんだかんだで東京(ここ)とは距離があるじゃないか」
と応答。
すると、外江くんは、
「距離が遠いって、ちょっと、もったいなくないか?」
と言ってきた。
……真意を見破れず、
「もったいないって……どういうことかな」
と訊くほかない。
ぼくは外江くんの顔を見ている。
顔。
よく眼を凝らすと……なにか、企(たくら)みのようなモノが混じっているかのような、そんな顔になっていた。
意味深な外江くんの顔を見続けられず、ぼくは、
「……そろそろ行くね」
と、腰を上げる。
× × ×
麻井先輩との過去の◯◯を、想い起こしてしまう。
ぼくが想い起こしてるんじゃない。
ぼくの意志の外部にある別のなにかから、想い起こしを強(し)いられてるんだ。
彼女には、麻井先輩には、きょうのイベントのことを、なにも伝えていない。
それ以前に、ぼくと麻井先輩は、しばらく連絡を取り合っていない。
しばらく、というのは、
具体的には……、
2年間に、迫るぐらい。
『――どしたの羽田くん?? ボーゼンとなってるじゃん』
声をかけてきたのは、小路(こみち)さん。
ごめん、小路さん。
自分だけの世界に、入りかけてたよ。
「ごめんよ。呆然自失同然だったね」
「…だいじょーぶ?」
苦笑の小路さんは、
「午後いっぱいは、このお部屋に居られるんでしょ。もっともっと反省会、しよーよっ」
と、ぼくに。
素直に、
「協力ありがとうね、小路さんも」
と言う。
「わたし、裏方ってだけだったけどね。羽田くんが主人公なら、わたしはモブキャラでしかなかったよ」
「そんなことないって」
「あるある」
「あるある」と言ってから、放送部室入り口ドアの方角を向く小路さん。
向いてから、
「モブだから、わたしはまだいいんだけど。
……亜弥。
亜弥は、今回、モブですらなかった。
……。
悪く言ってしまえば、先代放送部部長らしからぬ、非協力ぶりで……」
「いいんだよ小路さん。
ぼくは、猪熊さんを責めないよ」
「……けど、体育館の中に、たぶん居なかったよね? 亜弥」
「思うところが、あったんでは」
「思うところ、か――」
小路さんの表情が、次第に物思いに変化していく。
今回おそらく、『観客』ですらなかった、猪熊さん。
彼女の『真意』は……神のみぞ知る。