山陰旅行の準備を進めている。
クリスマスのあと、すぐ旅行なんだから。
カーペットの上で、アツマくんからパクった山陰ガイドブックに眼を凝らす。
読んでおくべきは、米子と松江エリア。
久保山センパイが言っていた。
米子はそうでもないんだけど、松江は平成の大合併のときに多くの自治体を吸収したから市域(しいき)がとても広いんだという。
その広い市域の中でもやはり、旧松江市内がわたしとアツマくんの目的地になってくるだろう。
松江城の写真がガイドブックに掲載されている。
国宝の天守閣に視線をそそぐ。
それから、ページをめくってグルメ情報のところを読んでみる。
『出雲そば』。
たしか、日本3大そばの1つだったはず。
実を言うとお蕎麦(そば)大好きっ子のわたしは、是非とも出雲そばを味わってみたかったのである。
お蕎麦の入った小さくて丸い赤色の容器が3段重ねになっている写真が、視界に入る。
これが、『割子(わりご)そば』だ。
× × ×
「きょうの『シメ』はうどんにしましょうよ」
鍋を挟んでアツマくんと向かい合いながら言うわたし。
「うどん推しの理由は?」
訊くアツマくん。
「お蕎麦じゃないから。」
答えるわたしだったが、
「り、理由になってなくねーか」
とアツマくん。
――まぁね。
「ねえ、旅行で松江に行くときまで、お蕎麦は自粛にしましょ??」
と言ってみる。
「なぜに」
「出雲そばよ、出雲そば。あっちに行ってから、お蕎麦解禁するの。自粛すればするだけ、出雲そばを味わうことのできた喜びも増えていくのよ」
「……」
「どうして黙っちゃうの」
「いや……案外、愛も食いしん坊なんだなあ……って」
「お蕎麦に関しては」
「な、なるへそ」
リアクションが芳(かんば)しくないわねー。
「あとは、海の幸ね。皆生(かいけ)温泉で泊まるお宿のお料理に期待だわ」
そう言いつつ、寄せ鍋の残りにうどん2玉を投入し、フタをして煮込み始める。
× × ×
火加減を見ながら、
「今夜はどこまで、ダイニング・キッチンにあなたと2人だけで居られるかしら」
と言う。
「明日美子さんは爆睡タイムだとして。
流(ながる)さんは仕事が終わったあとでカレンさんとお食事。
利比古は自分が主催するイベントのセッティングで学校に居残り」
ここでいったんコトバを切り、
「そしてあなたの妹は、大学が終わったあとでミヤジくんと◯◯」
と、ニヤリとしながら言ってあげる。
「…自由恋愛だから」
謎のコメントをするアツマくん。
ま、謎は謎なりに、脇に置いておくとして。
「恋愛が自由なのなら――」
わたしは、煮込んだお鍋のフタをぱかっ、と開けると同時に、
「飲酒だって、自由よね? わたしもあなたも20代」
と。
「おまえなあ。そんなに酒が飲みたいか」
「利比古が帰ってくるまでに、飲み始めましょうよ」
「…おまえがほろ酔いになるタイミングで、利比古が帰ってくる予感がしてしまうんだが」
「アツマくーん、早くうどんに手を付けないと、のびるわよー」
「…おまえも食べろや。そんなに早く飲み始めたいんなら」
× × ×
「カクテルの作りかたを色々と、アカちゃんに教えてもらったのよ」
「色々とって、どんくらい?」
「10種以上」
「えぇ……」
「なによあなた!? アカちゃんが既にそんなにカクテルに詳しいのに、ドン引きしてるわけ!?」
「アカ子さんって…おまえと同い年だよな。ハタチだよな」
「あの子がお酒に慣れ過ぎてるのが不可解だとでも言うの」
「……。
まあ、彼女らしくも、あるのか……お酒飲みたてらしからぬ、造詣(ぞうけい)の深さも」
「あのね」
「……」
「あの子も、とーぜん、法律遵守(じゅんしゅ)で、お酒デビューはハタチの誕生日を迎えてからだったわよ。
それは前提ね」
「わ、わかってる」
「……ポテンシャルなのよ」
「ポテンシャル?!」
「あの子のご両親は、アルコールに激強(げきつよ)なの。
娘であるあの子にしたって、例外じゃなかったのよ」
いい塩梅にカクテルが形になってきた。
「アカ子さんも、激強だとして……」
カクテルを形作っていくキッチンのわたしに向かい、アツマくんは、
「おまえが最終的に言いたいこと、なんなの」
と問うてくる。
いいわ。答えてあげる。
「いっぺんは、見てみたくって。
あなたがアカちゃんと飲み比べをして、あなたがあえなくブッ潰れるところを」
「……サドか。おまえ」
「~♫」