ぼくは、黒柳巧(くろやなぎ たくみ)。
桐原高校3年男子。
もうすぐ、受験があって、卒業……。
KHK(桐原放送協会)というクラブを、12月いっぱいで、引退する。
KHK(桐原放送協会)……この、少々ヘンテコな名前のクラブは、麻井律(あさい りつ)さんという先輩が、放送部から独立して立ち上げたものだ。
独立、というと聞こえはいいが、甲斐田しぐれさんという、放送部におけるもうひとりの実力者と、麻井先輩が派手にケンカしてしまって、部から離脱してしまった……というのが実情。
麻井先輩は、KHKを旗揚げするとき、放送部から、ふたりの後輩を引き抜いた。
それが、ぼく黒柳巧と、板東なぎささんという女子だった――というわけで。
やがて、羽田利比古くんという新入会員も入って、KHKはにぎやかになった。
そして、いろんなことがあったのち、麻井先輩が卒業するので、KHKの『会長職』が板東さんに譲られることになった。
板東さん体制になってから、時はあっという間に過ぎて――もう、12月。
ほんとうに、あっという間だったなぁ。
麻井先輩には、『クロ』というあだ名で呼ばれて、しごかれた。
板東さんにも、ずいぶん尻を叩かれたっけ。
でも、麻井先輩や板東さん……強気な女子に、強く当たられたものだけど、そのぶん、有意義な時間を、放課後に過ごすことができたと思っている。
麻井先輩。
板東さん。
感謝、しています。
× × ×
土曜登校。
KHKで、やることがあるからだ。
羽田くんは、来ない。
板東さんは、来る。
――【第2放送室】に、板東さんとふたりだ。
ぼくとほぼ同時にやって来た板東さん。……彼女は、ノートをミキサーの上に広げ、さらさらと書き込みをしている。
羽田くんに向けたノートだ。
ひとりぼっちで、KHKを運営していくことになる羽田くんのために……アドバイスを、書き残す。
板東さんが、決めたこと。
板東さんが、ペンを置いて、ぼくを呼ぶ。
「ちょっとノート見にきて。黒柳くん」
「わかった」とぼくは言って、板東さんのとなりに椅子を置き、座る。
「こう書いたんだけど……こういう書きかたで、いいと思う? 意見を聞かせて」
「どれどれ」と言って、ぼくはノートをのぞき込む。
……必然的に、顔と顔の距離が近くなる。
『……』
距離感が微妙すぎることを、ぼくも彼女も察知して……微妙に気まずい空気になってしまう。
「い……いいと、思うよ。いい書きかた。ば、板東さんは、字が上手だね……」
「あ……ありがとう。字の上手さまで、ほめてくれて」
× × ×
「黒柳くん。……そのノート、持ち帰ってよ。持ち帰って、黒柳くんなりの、羽田くんに向けたアドバイスを、書いてきて」
「……宿題ってこと?」
「宿題。家で、じっくり考えて、書く。そのほうが、しっかりしたノートになるでしょ?」
「……たしかにね。そうだね。
わかった、このノートは、預かるよ。
……宿題の、期限は?」
「黒柳くんの納得行くまで、ノート、持っていていいから……」
「……それじゃあ宿題にならないよ」
「……」
このタイミングで、黙られた。
困ってきてしまう。
1分間の沈黙。
そのあとで……彼女はこう言って、沈黙を破る。
「……クリスマスに、返して」
「24日?」
「24でも25でも、どっちでもいい」
「――わかった」
× × ×
預かったノートを、丁寧にバッグにしまう。
そしてぼくは、板東さんに挨拶をし、【第2放送室】を退出する。
……旧校舎から、外に出る。
ふと、
【第2放送室】で現在ひとりぼっちである板東さんの姿が……こころに浮かぶ。
こころに、浮かばせて。
卒業までのカウントダウンが始まっているという事実を……意識に、付け加え、
うまく言語にできない『さみしさ』を覚えて……肌寒くなる。