日曜日。
『わたし児童文化センターに行くんだけど、川又さんも来ない?』
そう、羽田センパイに誘われた。
快く承諾したわたし。
朝、開館してすぐに到着。
入館すると、
「川又さんだ! おはよう、日曜にセンター来るなんて、珍しいね?」
と、カウンターに居た職員の茅野(かやの)ルミナさんが、声をかけてきた。
「珍しいというか、日曜に来ること自体、たぶん、初めてですよ」
わたしは答える。
――わが文芸部は、この児童文化センターで、本棚整理などの『アルバイト』をさせてもらっている。
部費が増える貴重な機会だし、小さな子どもとふれ合えるのも、貴重な機会だ。
で、それで、職員のルミナさんには、日頃からお世話になっているというわけ。
ルミナさんは23歳だ。
つまり、大卒1年目の、新米職員なのである。
新米職員、とはいっても、わたしと比べたら、ぜんぜんお姉さん。
「――羽田センパイと、このセンターで会う約束なんですよ。わたしのほうが早く来たんです」と説明。
それから、「やっぱり、後輩のほうが、センパイより早く到着しておかなくっちゃ、と思って」と付け加え。
「愛ちゃんも来るんだね。彼女も、いい後輩を持ったものね」
「わたしも、尊敬するセンパイとのつながりが続いていて、幸せです」
「そっか~」とルミナさんは微笑んで、
「ところで。……受験勉強は、順調? 川又さん。あと2ヶ月もしたら、本番だよねえ」
わたしの志望大学を、ルミナさんは把握している。
「そうとう難しい大学なんだし、そうとう頑張らないと――」
「――だからこその、息抜きなんです」
「ここに来ることが?」
「はい」
「そっかぁそっかぁ」とルミナさんはひとりごちるように言い、
「なら、心ゆくまで、ゆっくりしていってね」
「はい。もうじきセンパイもやって来ますし」
『ルミねえ~~、キーボード、ひいてよ~~』
ここで、子どもたちからの、ルミナさんを呼ぶ声。
「キーボードじゃないでしょ、エレクトーンでしょ、ほんとうにもう。」
微笑みつつ叱りながらも、
「わかったわかった。すぐに行ったげるから」
と、優しいルミナさんは、椅子から立ち上がり、カウンターを出ていく。
お姉さんだなぁ……。
……エレクトーンを弾くルミナさん。
楽器ができて、うらやましい。
ルミナさんによれば……うちの学校のOGである葉山むつみさんに、ピアノ演奏を特訓してもらったらしい。
その甲斐あって、短期間でピアノを習得できたとか。
(ちなみに、葉山さんと羽田センパイは、大の仲良しである)
エレクトーンの演奏を終えて、得意げなルミナさん。
けれど、子どもたちは辛口で、
「そんなてーどでまんぞくしてたらダメなんだぞー、ルミねえ」
「そーだそーだ、まだまだだよ、ルミねえのキーボードは」
「アイねーちゃんのほーが、100ばいうまいよー」
と……好き放題を言っている。
『アイねーちゃん』とは、羽田センパイのことなのだ。
センパイ、このセンターで、エレクトーンの『常連』らしくって。
……たしかに、たしかに、ルミナさんには悪いけれど……羽田センパイのほうが、ずっと熟練していると思う。
でも、子どもたちにしたって、口が悪すぎる。
ルミナさんに失礼でしょ……と、たしなめてみようかと思っていたとき、入り口の自動ドアがウィーン、と開いて、華々しい容姿の女子大生が、なかに入ってきた。
羽田センパイだ。
子どもたちが、いっせいに羽田センパイに群がる……。
× × ×
「……ルミナさん、ちょっとかわいそうですよね。さっきみたいに、スタッフでもなんでもない羽田センパイのほうに子どもたちが集まっていったのを見て、なんとも思ってないわけないし」
「――ルミナさんが、わたしにヤキモチ焼いてるとか、川又さんは想像してるの? それは思い違いよ」
「ヤキモチは焼かないにしても……なんだか、子どもたちに好き放題言われてたし、ルミナさん」
「そんな子どもたちがかわいいのよ、彼女は。そんな子どもたち『だからこそ』、かわいいの」
「だけど……生意気すぎじゃありませんか?」
「あらぁ」
並木道を歩く足を止めて、センパイは、
「川又さんには、そう見えちゃうか~」
「……」
「想像力が足りないぞ♫」
「せ、センパイっ……」
「――ほのかちゃん」
「な、なぜ下の名前っ」
……子どもを、あやすような声で、
「ほのかちゃ~ん、わたし、しりたいんだけどな~~っ」
「知りたい?? ……なにを、ですか」
「クリスマス、近いじゃない?」
「……まだ、2週間はあるでしょう」
「2週間は近いわよ~~♫」
「く、く、クリスマスが、ち、ち、近いから、どうしたっていうんですか――」
「わたしが知りたいのはねぇ、」
ゴクンと息を呑むわたし。
そんなわたしに、卑怯なくらい美人な笑顔で――、
「利比古との、次のデート、決めてる??」
「う」
「決めてないんだ☆ おねーさんが、決めてあげよっかぁ☆」
「…イヤですっ」