眼の前には、川又さん。
「調子は……どうですか?? センパイ」
心配そうに訊く彼女。
「良くない」
正直に答える。
「階下(ここ)まで下りてくるのも……エネルギーが要って」
心配そうに心配そうに、
「ほんとうに、大変な状態なんですね……」
と彼女は言う。
「そう、大変なの」
わたしは弱々しく言って、
「この格好、パジャマみたいでしょ? ――服を選ぶのもキツいから、適当ファッションになっちゃってるの」
と、パジャマみたいな上着をつまむ。
「ごめんね、こんな格好しかできなくて」
謝るが、
「いえいえ……無理をなさらず」
優しい川又さんなのであった。
× × ×
「――あのっ、」
「なあに、川又さん?」
「アツマさんは、きょうは……」
「大学に行ってるわよ」
「……そうなんですか」
心持ち下向き目線で、なにかを考えているような表情になる川又さん。
?
× × ×
川又さんの素振(そぶ)りは気になったけど、あまり詮索はしない。
それよりも、きょうは――。
「川又さん、もうすぐ、葉山先輩が来るわ」
「えっ? そうなんですか」
「知らせてなくって、申し訳ない」
「葉山さん……ですか」
「初対面だっけ?」
「わたしが高等部に上がったときには、葉山さんは既に卒業されていたので、接点が……」
「それもそうね」
わたしは川又さんを見据え、
「楽しい女性(ひと)よ、葉山先輩は――。きっと、あなたにも良くしてくれると思うわ」
× × ×
「やっほー、羽田さん」
応接間にやって来た葉山先輩の、軽快なあいさつ。
「こんにちは、葉山先輩」
あいさつ返しののち、
「この子は、わたしの可愛い可愛い後輩の、川又ほのかさんです」
と、川又さんをセンパイにご紹介。
「あ、文芸部の後輩ちゃん、だったよね??」
「そうです。わたしの1個下」
「カワイイ子ね」
いきなり言っちゃうかー。
いきなり言っちゃうんだもんなー、センパイっていうお人は。
初っ端から「カワイイ子ね」発言をかまされて、川又さんは少しドギマギ。
自然な感じで、センパイは、川又さんの隣に腰を下ろす。
「わたし、葉山むつみ。よろしくね」
「…どうも。川又ほのかと申します。よろしくお願いします」
「こちらこそー」
「あの……葉山さんは……今は、なにをされてるんですか」
「ニート」
ことばを喪ってしまう川又さん。
「だめですよーセンパイ。そんな受け答えしたら。それにセンパイ、ニートとは、ちょっと違うじゃないですか」
「違うかな?」
「違うと思います」
センパイは微笑みつつ、
「たしなめられちゃったわね、羽田さんに。
でも……羽田さんに、わたしをたしなめられるぐらいの気力が出てきたのは、良い兆しだと思うわ」
そうなのかしら。
わたしのHPとMP、少しだけ回復してるのかな?
× × ×
川又さんが、ダイニングキッチンの冷蔵庫から、3人分の飲み物を持ってきてくれた。
「ありがとう。メロンソーダ、わたし大好きなの」
葉山先輩は川又さんに微笑みかける。
そして、ごくごくとメロンソーダを飲んでいく。
素敵な飲みっぷり。
素敵な飲みっぷりに感銘を受けつつ、わたしは、
「センパイ。川又さんは、今年の春に、文芸部で同人誌を出したんです」
「え!? すごくない!?」
キラキラとした眼で川又さんを見て、
「卒業記念制作、みたいな!?」
と訊いていくセンパイ。
川又さんは、恥じらい混じりに、
「そんなところです……。短歌が中心で、ほかにも、俳句だったり、詩だったりを」
「詩も載ってるのね!!」
はしゃぐように迫っていくセンパイ。
こらこら、ほどほどに。
「は、はい……。載ってます」
「川又さん、わたし、詩が大好きなの!!」
「そ…そうなんですね」
「読ませて!!!」
「す…すみません、きょうは、持ってきてなくって」
「いつだっていいわ。わたし、あなたの同人誌がとっても読んでみたい」
…グイグイ行くなあ。
グイグイ行き過ぎな葉山先輩を制御するため、
「川又さん。
葉山先輩はね、読むだけじゃなくて、じぶんでも詩を書くのよ」
と言う。
すると、
「ええっ!? それ、言っちゃうの!? 暴露しちゃうの!? 羽田さん」
と、今度はわたしのほうに、センパイが迫ってくる。
「――焦ってます?? センパイ」
「ひ、秘密にしたかったかもっ。羽田さんと、わたしとの」
「秘密にするのもどうなのかな、と」
「どうして……」
「――どうしてなんですかね?」
ほんの少しだけ機嫌を損ねる葉山先輩。
そんなセンパイが、女子高生みたいで――くすぐったくも、可愛い。