羽田センパイやあすかちゃんたちの住んでいるお邸(やしき)に、お泊まりに来た。
約2ヶ月ぶり。
× × ×
おいしい夕ごはんを食べたあとで、羽田センパイのお部屋に女子3人で集まる。
お菓子や飲み物をいっぱい持ち込んで、女子会モード。
『夕ごはんを食べたあとに、お菓子ですか?』という突っ込みは、なし。
『太りますよ?』という突っ込みも、なし。
お菓子は、吸収されるところが違うんです!
そこが、わからない人が、多いんだなー。
食事の糖分と、おやつの糖分は、別の糖分だし、
摂取カロリーも、おやつは別枠なんです。
間食じゃ太りません。
そういえば、脱線するけど、
羽田センパイの話によると、アカ子センパイは、実は大食いキャラで、それでいていくら食べても太らないらしい。
おつきあいされているハルさん? という男子(ひと)と、一緒に中華料理店に行って、メニューを完全制覇してしまった……とか。
羽田センパイの話には誇張(こちょう)があるんだろうけど……。
すごいな。
さて、ドサドサとテーブルにお菓子の袋を置く。
清涼飲料水の類(たぐい)も、いっぱい。
コーラのペットボトルに手を伸ばそうとする羽田センパイ。
しかし、あすかちゃんがすかさず、コーラを奪い取り、
「懲(こ)りないですね。おねーさんが炭酸飲むと、危険なんだから」
そういえば、センパイには、そういう弱点があった。
「ハイハイ、わかってるわよ」
おとなしく引き下がりのセンパイ。
「これはわたしが飲まねば」
そう言って、あすかちゃんが、コーラのフタを開けようとする。
わたしも、コーラにしようかな。
センパイは、カフェオレで妥協したみたい。
で、
『かんぱ~い』
を合図に、女子3人水入らずのおしゃべりが始まる。
× × ×
「羽田センパイ、いま、こういう本を読んでるんです」
センパイに、私物(しぶつ)の本を渡す。
「日本の詩の、アンソロジーね」
とセンパイは言い、ぱらぱらとページをめくっていく。
「――どうですか? 知ってる詩が、多いですか?」
「見た感じ――」
本を閉じつつ、センパイは、
「8割がた、読んでたわね」
「おー」とわたし。
「おー」とあすかちゃん。
「さすがでしょ、わたし」
謙遜することなく、センパイは誇らしげな顔で言う。
謙遜せず、なところが、いかにもセンパイらしい。
「――でですね。その本に、関連してなんですけど」
肝心な話を、わたしは切り出していく。
「文芸部で、詩や短歌が流行っていて、その流れで――部員の有志で、部内サークルを結成することになって」
「部内サークル?」とセンパイ。
「部内サークルなんて、センパイの頃は、なかったですよね」
「うん、なかった」
「だから、新しい試みなんですけど――」
「どんな部内サークルなの? 詩や短歌を作るの?」
「はい。そういう系です」
「サークル名は?」
「『シイカの会』って言って。詩歌(しいか)を、カタカナ3文字にして」
「ほほーっ」
「単純なネーミングではあるんですが。…ともかく、詩だったり、短歌だったり俳句だったり川柳だったりを、作ろうとしてるわけです」
下のくちびるのあたりに人差し指をあてたセンパイが、
「葉山先輩が――好きそうだな」
「葉山さん、ですか?」
葉山さん。
羽田センパイよりふたつ、学年が上の、OGのかた。
羽田センパイと、いろいろあって、
いろいろあった結果、ずーっとなかよし、らしい。
読書とピアノとお料理が得意で、羽田センパイと共通点がいっぱいあるということを聞いたおぼえがあるが、
「葉山さん、もしかして、詩作(しさく)をされたりしてるんですか?」
「されたりしてるのよ」
あっさりとセンパイは答えた。
「ノートに詩を書きつけるのが趣味でね……。わたし含めて数人しか知らない、秘密の趣味」
「へぇえ…」
「卒業生は…サークルの同人(どうじん)には、入れないかな」
「…どうしましょうか」
チョコレートの袋に手を伸ばし、取り出したチョコの包み紙をほどきながら、
「頭の片隅に置いとくぐらいでいいよ」
と羽田センパイ。
「それよりも、『シイカの会』って、どんな構成メンバーなの?」
「まず、わたしが会のリーダーです」
「うむうむ」
「それから、武藤さんや、横山さん姉妹」
「あ、武藤さん、部活来るようになったんだね」
「はい。年度が変わってから」
「よいことだ」
「『もう、幽霊部員と言わせない』って、武藤さん自身が言ってます」
「おもしろい」
おもしろそうにセンパイは笑い、
「ねえ、どんな作品を作ってるの? 知りたいよ」
と訊いてくる。
「現在(いま)は、短歌が多いんですけど――」
「教えて、教えて」
興味津々のセンパイ。
「わたしので、よければ」
そして、わたくし川又ほのか作の、短歌を1首、口で言う。
『五月雨(さみだれ)が青い若葉を洗う朝雨に羽ばたく蒼穹(そうきゅう)の鳥』
「おーっ」とセンパイ。
「おーっ」とあすかちゃん。
ふたりして、拍手されて……かなり、恥ずかしくなってくる。
「『蒼穹(そうきゅう)』なんてことば、よく知ってたね」
あすかちゃんが言ってくれた。
「さすが、ほのかちゃんだけある」
さすが、かなぁ。
恥ずかしさの勢い余って、
「『蒼穹の鳥』っていうフレーズを、最後に持ってくるのにこだわりすぎて……『蒼穹の鳥』にかかる『雨に羽ばたく』ってところが、納得できてないんだ。『雨に羽ばたく』じゃ、凡庸(ぼんよう)だから……だから、この歌には、改善の余地がある」
と、一気に自己反省をまくしたててしまう、わたし。
「語るね」
とあすかちゃん。
「歌人(かじん)だ」
とあすかちゃん。
「そういうレベルじゃないってば……自分で自分の歌を語っちゃうのも、未熟なことの証明だし」
「そうなのかな? 短歌を詠(よ)むなんて、わたしにはマネできないよ」
それはほんとうなんだろうか……とわたしは疑問で、
あすかちゃんを、ちょっとだけ揺さぶってみたくなって……ほんの出来ごころで、
「――あすかちゃん、俳句が得意そう」
「え、えっ??」
「五・七・五のリズムが、得意そう」
「どんな根拠で」
「話してて、思うんだ。なんとなくな感覚、ではあるけど。『短歌を詠むなんてマネできない』って言うけど――、『俳句』だったら、すらすら出てくるんじゃないのかな?」
「すらすら、って。出てくる、って」
うろたえ気味のあすかちゃんに、
「いま、俳句をちょっと、作ってみない?」
「そ、即興で!? 無理言わないでよ、ほのかちゃん」
ここは、構うことなく、
「『古池や蛙飛びこむ水の音』っていう松尾芭蕉の句があるでしょ?
まず、『◯◯や』の『◯◯』を考えて、
それから、『◯◯や』に続く残りの部分も、考えてみるの。
『古池や蛙飛びこむ水の音』を参考にして、ね。
難しく考えないで、直感みたく」
「そんな……ほのかちゃんの手前、ヘタな句なんて、言うことできない。一度も俳句なんて作ったことないし」
「どんな句でも、わたしベタぼめしてあげる」
「そう言われたって……」
「やってごらんなさいよ、あすかちゃん」
「お、おねーさんまで」
「可能性に賭けてみないと、損だよ」
「可能性ってなんですか、可能性って」
「あすかちゃんならできる。――後悔するのは、やってみたあと」
「後悔が、目に見えてるのに……」
「もし、あすかちゃんが、ここで一句、詠(よ)んでくれたなら――おねーさんが、美味しいパンケーキを、作ってあげるんだけどな」
「!! パンケーキ」
真顔になったあすかちゃん。
センパイはノリノリで、
「どう? パンケーキ、食べたいでしょ? あすの3時のおやつに作ってあげるよ」
「パンケーキ……おねーさんの、特製パンケーキ……」
そんなにセンパイの特製パンケーキは、あすかちゃんの垂涎(すいぜん)の的(まと)なのか。
美味しいのは、あたりまえ……なんだろうしな。
「……よし」
あすかちゃん、一気に乗り気に切り替わったみたい。
わたしに向かって、
「『◯◯や』から、始めるんだよね?」
「そうだよ」
「よーしっ」
どんな句が出てくるのか……ちょっと、ドキドキ。
やがて、あすかちゃんが詠んだ一句、それは――、
『ハチミツや キラキラひかる パンケーキ』
「――どうかなほのかちゃん」
「……」
「ほ、ほめてよね、ほのかちゃん」
「……斬新。すごくすごく斬新」
「や、やったっ」
「でも――」
「ん、んんっ」
「――季語が」
「あっ」
「季語が――どこなのかな、って」
ごめんね、あすかちゃん……。
せめて、
歳時記(さいじき)を、持ち物に入れてくるんだった……。
無茶振って、後悔。