朝ごはんのあと、
羽田センパイは、サークル活動で大学に、
アツマさんは、ランニングで公園に、
それぞれ、向かわれてしまわれた。
そして――。
「あ」
「――どしたの!? あすかちゃん!?」
「デイリースポーツ買ってなかった」
「で、デイリースポーツ……?」
なにゆえ、
デイリースポーツが、必要なんだろうか。
あすかちゃんは説明する、
「ウチはね、ニッカンとスポニチとサンスポは、定期購読してるんだけど」
「…スポーツ新聞を、3つもとってるんだね」
「そう。
だけど…報知とデイリーとトーチュウは、とってなくて」
「…とってないけれど、デイリースポーツが必要になったってことだよね」
「そうだよ」
「……いったい、どうして、デイリーが???」
「部活で」
「部活って…」
「スポーツ新聞部」
「あ、ああー」
「阪神タイガース関連記事を書くためには、どうしてもデイリーっていう『参考文献』が必要なわけ」
『参考文献』という言いかたに、
スポーツ新聞部なる部活動への、彼女の並々ならぬ情熱を感じる。
「しくじっちゃったなー、わたしとしたことが、デイリー買うべきなのを忘却してしまうなんて」
「コンビニで、買うの?」
「そうなの。でも、ちょっと遠いところのコンビニまで、行かなきゃなんないの。
そのコンビニに置いてなかったら、さらに遠いコンビニまで…」
「大変だね」
「でもきょうはデイリー必要だから」
「執念だね」
「まさに、ね」
そういうわけで――あすかちゃんまで、邸(いえ)をあけてしまった。
そうなると……。
× × ×
高~~い天井の、リビング。
豪邸が、うらやましくなる。
……じゃなくって。
肝心なのは、
いま、わたし、
羽田センパイの弟さんの利比古くんと、
ソファに座って、向かい合っている、ということ。
ふたりだけで。
ふたりだけで、向かい合い。
緊張を――おぼえている。
利比古くんのほうから口を開き、
「あすかさんまで、コンビニに出かけてしまった。参りましたね」
「どれくらいで……あすかちゃん、戻ってくるんでしょうか?」
「目的のコンビニが、かなり遠いんですよ。そこでデイリースポーツを買えなかったら、そこよりも遠いお店に行かないといけないので――だいぶ時間はかかるでしょうね」
…困ったな。
「戻ってくるころには、昼が近くなっているかもしれません」
そこまで……時間を、もたせるの?
もたせられるの!?
利比古くんと、わたし時間を、つぶさなきゃ。
――微妙に5・7・5っぽいリズムになったけど、
し、しばらく――利比古くんと、ふたりきりだよ。
それがわたしの現実。
い、いや。
ここは、ピンチだなんて、思わずに、
利比古くんと――積極的に、関わっていこう。
ポジティブにコミュニケーションとるんだ。
がんばれわたし、
がんばれ川又ほのか。
「あのっ」
「なんでしょう、川又さん?」
「利比古くんは……あすかちゃんと、よく話すんですか?」
不意に思いついた質問が、それだった。
わたしは、あわてすぎていたかもしれない。
あわてすぎていて、利比古くんに尋ねることを深く吟味する余裕もなく、
彼とあすかちゃんの関係性に……さぐりを入れるような、
そんな質問を、気づいたら――ぶつけてしまっていた。
ぶしつけな質問だったか。
利比古くんは落ち着き払って、
「一緒に生活をしてるんですから、話さざるをえないです」
もちろん……そうなんだよね。
日常会話しないわけがない。
「ぼくが、こうやってリビングにいるときとか――」
利比古くんは続けて言う、
「あすかさんのほうから、話しかけてくることが多くて」
「ふ、フレンドリーですもんね、あすかちゃんは」
「そうでしょう?」
少し苦笑いの混じった、微笑み。
「あすかさん――ぼくに厳しくもあるんですけど」
「き、厳しいんですか…」
「たびたび、ツッコミを入れられてます」
「ツッコミ……」
利比古くんの、なにに対しての、ツッコミなんだろう。
ボケへのツッコミ?
利比古くん、そんなに……ボケるの。
「『優柔不断だよっ』とかは、よく言われてるかもしれませんね。ツッコミとは、また違いますけど」
あすかちゃんには――彼が、そう見えてるんだ。
わたしの、知らない部分、
わたしの、見えてない部分。
利比古くんに関する、あれやこれやが、あすかちゃんには……。
知らない部分を、知っていて、
見えてない部分が、見えていて。
ほんの少しだけ、胸のあたりがキュッ、となったのは、なぜだろう。
気のせいかな。
そうだよ、気のせいだよ、きっと。
気のせいだから、気にしないでおこう。
「――やっぱり、あすかさん、ひとつ年上ですから、ぼくより強いです。いろいろな意味で、強い。毎日、負けっぱなしな感じです」
「――わたしだって、年上なんですけど」
「えっ」
ぼっ、暴走しちゃってる!??! わたし。
思ってもないこと、口にしちゃったみたいに。
気づかないうちに、強めのことばを。
あすかちゃんが年上なら、わたしも年上。
それは、そう。
でも――ここで彼に、揺さぶりかけるようなタイミングじゃなかったでしょっ。
なにをもって、わたしは、知らずしらずに、
「わたしも年上なんですけど」、なんて。
「ごっごめんなさい、利比古くんを突っぱねるようなこと言って」
「謝らなくっても」
「謝りたいです…」
「川又さんも、あすかさんと同い年で、ぼくの年上なのは、事実なんですから」
そうは言うけど、
なんだか、利比古くんが……年下の男の子に、見えなくなってきちゃった。
イーブンな、感じ。
違う、イーブンどころじゃないかも。
対等なコミュニケーションというより、
イニシアティブはもう、利比古くんのほうに。
もはや、
利比古くんのルックスだけが――、
『年下の男の子』だと、思わせる要素。
『年下の男の子な顔』なんだけど、
そもそも、『年下の男の子な顔』の定義がなんなの? って話でもあるし、
でも、でも、やっぱり、『年下の男の子』だと意識させられる顔立ちで、
たとえば、利比古くんより4つ年上のアツマさんの『いでたち』なんかとは、対照的であって、
そういう意味では、彼の顔に、幼さすら――。
幼さ?
幼さってなに。
わたしなにを考え始めてるの、彼のルックスに関して。
完全に、こんがらかり状態。
彼の座るソファの眼の前で、混乱。
絶賛混乱中で、
こんどは、
『モテそうな、顔……。
彼の高校、共学らしいし、きっと、モテてる……』
――こんなふうな、あらぬ妄想が、脳内で盛り上がって来てる!!
なんなの!? わたし。
ダメだよ、これじゃあ!!
妄想に支配される場合じゃなくって、彼と話していかなきゃいけないのにっ!!
「――川又さん? どうしたんですか?」
あぁっ。
「なんで、首を振ったり――」
あぁぁ……。
「……ごめんなさい、です。100パーセント、取り乱し、でした」
変に……思われた。
「取り乱しの理由は、訊かないで……」
正面の彼と、焦点が合わない。
「……追及したりしませんよ、ぼくは」
落ち着いた、声。
「詮索されるのは、イヤですよね。
だれだってそうだけど、川又さんだって」
落ち着いた声だけが、彼とピントが合わないわたしの耳に入り込んでくる。
「だれしも、いろいろあるんだと、思います。
ぼくだって――いろいろなこと、考え込んだりもしますし」
なんだか悟ったようなことを言っている。
利比古くんが悟りモードだから、
ますますわたしは、焦りモードに。
あすかちゃん……。
早く、帰ってきて……。
ヘルプして、わたしを……。