【愛の◯◯】チリコンカンと、ブイヤベース。片方でも、両方でもどうぞ

 

昼休み、カフェテリアに行く。

 

きょうも変わらず、『彼』は厨房でフライパンを振るっている。

高校生と言われても違和感のない『彼』の外見。

わたしと同学年なんだもんね。

 

カルボナーラを注文する。

 

――うん。

いつにもまして、完成度が高いや。

美味しい。

さすがだわ、太陽くん。

 

 

食器を返却後、厨房の様子を見に戻る。

学生でごった返し、『彼』――太陽くんも忙しそうにしているなか、

『きょうのカルボナーラは素晴らしかったよ』と、

親指と人差し指で◯(マル)を作って、

それとなく、太陽くんに示す。

太陽くんはわたしの◯(マル)に気づいてくれて、

ニコッ、と笑ってくれる。

 

 

◯(マル)どころじゃないな。

◎(ニジュウマル)だったな、

きょうのカルボナーラ

 

また、負けちゃったか。

 

負けちゃった、というのは、

わたしが作るカルボナーラより、完成度が高かったから。

 

美味しいカルボナーラだったけど、

ちょっと、悔しい。

 

 

× × ×

 

及川太陽(おいかわ たいよう)くん。

わたしと同学年だけど、カフェテリアの従業員。

カフェテリアでの、キャリアはすでに4年。

現場で揉まれて、めきめき腕を上げたというわけだ。

 

太陽くんは、スマホではなくガラケーを使っている。

だから、SNSではなくメールでのやり取りになる。

 

 

3限を受けたあと、邸(いえ)に帰ってきたわたし。

弱く冷房をかけた自室で、ベッドに背をかけて、床座りで、

太陽くん、この時間帯はヒマしてるんじゃないかしら? と思い、

手短なメールを送ってみる。

 

『素晴らしいカルボナーラだったよ、感動。』

という文面のあとで、行間を少しあけて、

『紬子ちゃん、最近来てることある?』

と書く。

 

紬子(つむぎこ)ちゃんがやって来てたら、教えてほしいな――と思いつつ、メールを送信。

 

 

やがてメールが返ってきた。

『来たよあいつ、ごく最近。

 相変わらず、挑発的。

「まだまだ美味しくなる余地があるわ~」とか、わざわざ食べたあとで言ってきやがって。

『小麦粉みたいな名前しやがって!!』とか怒鳴りつけてやりたくなったけど、寸前で自重した。

 そんであいつは、「また来るから待ってらっしゃいよ」って。

 お嬢さまキャラで、毒舌なんだから、たまんねぇよ。』

 

お嬢さまなのは、事実なのである。

古木紬子(ふるき つむぎこ)ちゃん――某レストランチェーンの、ご令嬢。

だから、舌が肥えてるのかしら。

彼女は政治経済学部なのである。

だけど、わざわざ文学部キャンパスのカフェテリアまで乗り込んできて、太陽くんに難癖をつける。

難癖をつけるのは、太陽くんの腕を、認めてるがゆえ――。

それは理解できる。

でも、いくぶん好戦的……。

紬子ちゃんは、アカちゃんから紹介されたんだけど、

なかなかに、厄介な子だ。

 

 

太陽くんのメールを見たあとで、スマホを置く。

 

――ちょうどよく、きょうの夕食当番がわたしなのだ。

 

太陽くんと張り合うみたいだけど、

わたし、張り切ってみちゃおうかな。

お料理。

 

× × ×

 

カルボナーラとかスパゲッティ類を作って、対抗心を燃やすのではなく、

ぜんぜん別種の料理で、太陽くんと勝負する。

 

勝負といっても、打ち負かすとか、そういう気は一切なく。

けれども、昼のカフェテリアで味わったカルボナーラが、

否応(いやおう)なしに、わたしの『負けず嫌い』を触発した。

 

カルボナーラとは違ったアプローチで、太陽くんに対抗してみたい。

 

――スープだな。

スープを、作ってみよう。

『おかずスープ』がトレンドだけど、

まさに、それ一品でおかずになるようなスープ。

 

スープの魅力。

鍋ものとおんなじで、煮込んだものからも、自然と味が出るところ。

スープストックなら、常備してる。

自家製、というか、わたしお手製のスープストックが、何種類か、冷蔵庫に入っている。

大きな大きな冷蔵庫だから、スープストックとか自家製ダレとかが、いっぱい収まるのだ。

そのスープストックが味を決めるのはもちろんだけど、

スープストックだけではなく、野菜・魚介類・肉類――いろんなスープの具材からも、味がしみ出していく。

そこが、やっぱり魅力だ。

 

 

……レシピ本を、いちおうパラパラとめくる。

それから、立ち上がって、冷蔵庫を開けて、入っている食材とにらめっこする。

冷蔵庫のスケールがスケールだから、多彩な食材が入っているんだけど、

わたしは、ウーム、と少し考えて、

作るスープを、決めた。

 

よし、張り切ろう。

さっそく、下準備に入るとしましょう。

 

 

× × ×

 

大作かつ自信作が、ふたつ。

2種類作ったスープ。

ふたつの大鍋からただよう匂いが、香ばしい。

 

 

「きょうはスープか」

ひょっこりとキッチンに現れたアツマくんが、大鍋を眼にして言う。

「ふたつ、あるけど……」

「チリコンカンスープと、ブイヤベース風スープよ」

「どっちかを、選ぶってことか?」

「そうね」

「左が、チリコンカンだよな……いかにも、辛そうな」

「そうね。辛いわね。…最近、夏めいてきたでしょ? 代謝を促進させるには、うってつけ」

「でも辛いんだよな」

「辛いのイヤだったら、ブイヤベース風スープがあるわよ。こっちはあっさりな味付けだから」

「どっちにしようかな…」

「珍しく優柔不断みたくなってるわね」

「…甲乙つけがたいんだよ」

 

そこに、あすかちゃんが。

 

「甲乙つけがたくて、どっちかに選べないんなら、半分ずつ、小さいお皿によそえばいいんじゃないの?」

 

「おー」と同時に納得する、わたしとアツマくん。

 

「や、ハモるみたいに、同時に『おー』って言わなくたって……」

 

「名案だもんな」とアツマくん。

「名案ね」とわたし。

 

照れくさそうになるあすかちゃん。

照れながらも、

「わたしは……チリコンカンとブイヤベース、どっちもいただきます」

と夕飯W(ダブル)スープ宣言。

 

それを聞いたアツマくんが、

「あすかはやっぱり欲張りなんだなあ」

と余計なひとこと。

「欲張りなの……悪い?」

穏やかじゃない表情と口調で、あすかちゃんは兄に張り合う。

「悪くなんかない。

 食い意地は――昔からだろう?」

それは余計すぎるよアツマくん。

火に油、注がないで。

 

――しかし、食い意地を指摘されても、気にすることなく、怒ることなく、

「お皿を出そうね。お兄ちゃん」

あすかちゃんは、アツマくんをそう促す。

出来てるなー、人間が。

愚かな兄とは大違い。

 

「ほらっ、アツマくん、お皿をはやく」

「……」

「い、いつまでもお鍋を見てないの」

「……ミスを犯したな、愛」

「ミス!?」

「作り過ぎだろう、これは」

「そ、それは……張り切ったから」

「だが、きょうの夕食の面々だけで、果たして食べ切れるだろうか」

「……」

「微妙だろっ?」

「――食べ切るのよ」

「ほほぉ~」

「『ほほぉ~』じゃないからっ!!

 アツマくん、あなたが全力で食べ切って」

「無理強(じ)いな」

「無理強いじゃない、アツマくんならきっとできる」

「自信なしの根拠」

「根拠に自信ありよっ!

 だって、だって、アツマくんだって、『欲張り人間』、『食い意地人間』なんじゃない」

「うわ、ヒドっ」

冷めないうちに食べるのよ!!

「…逆らえんなあ」