あすかちゃんはこれまで、男の子とのあいだで、うまくいかないことの連続だった。
高校1年のとき、ハルくんに片思いして、見事に失恋した。
高校2年のときは、部活の先輩の岡崎くんとのあいだで、いろいろあったみたい。
高校3年のときは――最後の最後、卒業式が終わったあとで、なにやら同級生の男の子と◯◯なことがあったらしく。
卒業式の日のあと、しばらく様子がヘンだったもんね。
わたしの推測だけど――たぶん、同級生の男の子に◯◯されて、◯◯しちゃったんだろう。
◯◯の中身は――各自で埋めちゃってください。
そんなあすかちゃんだったんだけど。
とうとう。
とうとう。
男の子との関係が、いい方向に進展したらしくって……!
あすかちゃんの大学1年の夏は、記念碑的な夏になったようだ。
× × ×
日曜日。
「その子」が、邸(いえ)に挨拶に来た。
宮島くん。
あすかちゃんの高校時代の同級生(もちろん、卒業式の日に◯◯してきた男の子とは、違う子)。
宮島くんだから、「ミヤジ」というニックネームだという。
エレファントカシマシかな…? とか、内心思っちゃったんだけど。
…ともかく、ミヤジくん、が、丁寧にも「ご挨拶」に来てくれたというわけ。
…いい子だな。ミヤジくん。
× × ×
テーブルを挟んで、わたしの正面にミヤジくんが座っている。
もちろんもちろん、ミヤジくんの隣には、あすかちゃん。
わたしの左隣のアツマくんは、あすかちゃんと向かい合い――つまり、ミヤジくんとは斜(はす)向かい、だ。
さーて。
「ようこそ、ミヤジくん」
100%スマイルで、歓迎のことばをわたしは言った。
さっそくドギマギするミヤジくん。
そんなミヤジくんに、あすかちゃんが、冷たい目線を送る…。
アハハ。
「高校時代、クラスメイトだったのよね? あすかちゃんからときどき、話は聞いていたわ」
「――えっ」
ミヤジくん、びっくりなご様子。
「ちょっとミヤジ、そこは驚くタイミングじゃないでしょっ」
とあすかちゃん。
「だって――」
とミヤジくん。
「わたしがおねーさんにミヤジのことを話さないほうが、不自然だと思わないの?!」
とあすかちゃんは詰める。
ふふっ……。
「……微笑ましいわね」
思わず言ってしまった、わたし。
「ほ、ほ、微笑ましい…??」
うろたえながら言うミヤジくん。
「うん。微笑ましい。
それに、初々しいよね」
あすかちゃんが少し照れる。
ミヤジくんが照れ加減のあすかちゃんを見る。
それから…あすかちゃんから視線を外して、うつむく。
「――ふたりの大学、距離が近いのよね」
さらに話題を振っていく、わたし。
悪い子になってきちゃってるのかも。
でも、面白いから、
「すぐ会えるから、ハッピーじゃない?」
と、抑えきれず、言ってしまうのだ。
「ハッピーって……なんですか……愛さん」
顔は上がったけれど、やはりうろたえのミヤジくん。
「ハッピーは、ハッピーよ」
イジワルさを少々込めて、わたしは言う。
あすかちゃんのほっぺたが、ほんのりと紅(あか)い。
「…すぐマンションに行ける距離なんでしょう?」
わたしは訊き続ける。
ミヤジくんは戸惑って、
「マンション……? 僕のマンションのことでしょうか……??」
「ミヤジくん」
「……??」
「にぶいわね」
「!?」
「大胆なこと、する割りには」
「え……」
「大胆なことっていうのは……もちろん。8月最後の土曜日、あすかちゃんを、じぶんのマンションに……」
「そっ、そこらへんでカンベンしてくださいっ!! おねーさん」
あすかちゃんが叫んだ。
あー。
…ひたすら沈黙を保っていた、あすかちゃんのお兄さん――すなわちアツマくんが、
「きょうのおまえの勢いはヒドいな」
とわたしに言ってくる。
「勢いがヒドいって、なによー」
「よっぽど、きょうのこの場が楽しみだったってか」
…否定はできない。
できないし、
「だって、とうとうあすかちゃんに彼氏がデキたのよ! いつものテンションでいられるわけ、ないじゃないの」
黙りこくるアツマくん。
「…あなた、どうしてそんなビミョーな顔つきなの!? 喜んであげなさいよ。祝福して、歓迎してあげなさいよ」
「……」
「沈黙は卑怯よ」
……アツマくんは、ミヤジくんの顔を、見ずに、
「妹を……よろしく」
と、萎(しぼ)んだような声で。
「アツマくん」
「……なに」
「ぜんぜん、よくできてないわね」
「それは、どういう……」
「じぶんでよーく考えなさいよ。…わたし、飲み物を取ってくるから」
敢えて、新カップルにアツマくんを独りで向き合わせる作戦。
× × ×
「ミヤジくんの印象は?」
夜。
アツマくんの部屋で、アツマくんと反省会。
「野鳥観察が……趣味らしい」
「バカじゃないの!? そーゆー答えを求めてるんじゃないの。人間性とかをひっくるめた彼の印象を、言ってほしいのよ」
「……ムズい」
「あなたはほんとうにバカね」
「う、うるさいな」
「なにか、感じたものがあるでしょうに。あすかちゃんのパートナーとしての、資質とか…」
眉間にシワを寄せて、しばらく考えるアツマくん。
考え込んで――それから、
「……相性、良さそうだよな」
「あすかちゃんと??」
「ああ。」
「うまくいきそう、って思ってるってこと??」
「…まあな。」
「じゃあ、見守ってあげましょう。大事に大事に……優しく。」
「……うむ。」