「アッ利比古くんだ」
「はい、利比古です…」
「…ニヤニヤ」
「…に、『ニヤニヤ』を、声に出して言わないでくださいっ」
「だって、利比古くんが、いつものごとく、なんだもん」
「いつものごとく……とは?」
「タブレット端末」
「ぐっ」
「ウィキペディア」
「ぐっ」
「調べているのは放送関係の項目」
「ぐぐっ」
「――まったくもう。『ぐぐっ』じゃないよ、『ぐぐっ』じゃ」
ほんとに……。
すぐ凹むんだから、利比古くんって。
「いったいなにを調査してたのか、わたしに教えてよ」
「……ラジオについて、です」
「ラジオ、だけじゃ、なんにもわかんないっ」
「関西地方の、FMラジオ局について……」
「ハァ!?」
「な、なんでそんなにドン引きするんですかっ」
「聴くことも出来やしないFM局のこと調べて、なんになるっていうの!? ここ、東京だよ!? 関西じゃないよ!?」
「……」
なにか物言いたげな顔つきになる彼。
なんでよ。
…やがて、彼は反発気味に、
「聴取できないエリアだからこそ……想像力をかきたてるんじゃないですか」
負け惜しみみたいに……。
「利比古くんのそういうところは、ほんっとどーしよーもないよね」
「どうも」
「『どうも』じゃないでしょ、『どうも』じゃ」
「どうもっ!!」
「逆ギレ、禁止だから」
× × ×
「おまえ、また利比古のことイジってたんか」
「げっ、お兄ちゃん」
「なぜ、優しくなれない?」
「わたしはふつうに接してただけだよ」
「ふつうに接してたら、逆ギレなんかされねーだろ」
「げげげ、こっそり見てたわけ!? さっきのやり取り」
「見てはない。でも、雰囲気でわかる。ああ、利比古、怒ってるんだろうなあ……って」
「うわぁ……」
「男同士だからさ、ぴーんと来るんだよ」
「うわぁ……」
「あすかが利比古より年上だとは、とても思えんなあ」
「なにそれ」
「おまえより利比古のほうが、ずっと大人びてる。態度に落ち着きがあるというか――」
「落ち着きがあったら、逆ギレなんかしないでしょ」
「まったく落ち着きのないおまえが言えた話か?」
「フン」
「高校卒業間際にもなって…」
「また、その言い回し」
「は」
「『高校卒業間際にもなって…』を言い過ぎ。お兄ちゃん」
「ちょ、ちょい待てっ、『高校卒業間際にもなって…』なんて、そんなに言ったおぼえねーぞ、おれは」
「……言ってるよ!! 言ってるからっ」
× × ×
利比古くんともお兄ちゃんともケンカしたみたいになっちゃった。
年の瀬に、なにやってんだろう。
反省しなきゃ。
× × ×
「はぁ」
「どうしてため息ついてるの? あすかちゃん」
「あ、おねーさん」
「悩みごと? 悩みごとなら、なーんでもわたしが聴いてあげるけど」
あは……。
「ちょっと、違うかな」
「違うのね」
「利比古くんと、それからそれから、お兄ちゃんに……攻撃的な態度を、取ってしまって」
「あらあら」
おねーさんに、ニッコリと微笑まれると、弱ってしまう。
弱りつつ、わたしは、
「時間が経ったら……だんだん、反省しなきゃ、って、思い始めて」
「謝りたいの?」
「あした謝ります」
「きょう謝っちゃえばいいじゃないの」
「ひと晩寝ないと、素直に『ごめんなさい』なんて言えません」
「あすかちゃんらしいわねぇ」
「わたしらしくて、ごめんなさい」
「よしよし♫」と言いつつ、おねーさんがわたしの頭部に触れてくる。
髪を、なんとも言えない手つきで撫でられて、少しドキッとする。
「あすかちゃん」
「…なんでしょう」
「今晩は、ごはんとお風呂、どっちが先がいい?」
わたしは、
「ごはん」
と即答。
「それはそうよね。あすかちゃんだものね」
「……」
……弱いな、わたし。
おねーさんにナデナデされ続けてるから、なんにも言えなくなっちゃった。