戸部くんや羽田さんたちの住んでいるお邸(やしき)にやって来た。
今年最後の訪問。
リビングで、サルトルの戯曲を読んでいたら、のそ~っと戸部くんが現れた。
「あらおはよう戸部くん」
「…やあ、葉山」
「なによ、なんだか動きが重いじゃないのあなた。久々にレースに出る休み明けの競走馬みたい」
「いやちょっとばかりでなく意味がわからん」
「『ズブい』っていう競馬用語があってね」
「……」
「いまの戸部くんは、ズブズブ」
「……ケッ」
すぐ顔をそらしちゃってぇ。
「ねーねー、そっぽ向かないで、こっち向いてよー」
わたしの要求を呑み、しぶしぶ、顔を向けてくる戸部くん。
すかさず、
「どう? きょうのわたし」
「いや……『どう?』と言われても……だな」
「一味違うでしょ、わたし」
「……どこがだよ?」
「ポニーテール、ポニーテール」
「あっ」
まーた、微妙な反応なんだから。
…きのう、羽田さんとあすかちゃんがポニーテールで過ごしたことを聞かされ、わたしも髪を結びたくなったのである。
「どうかしら、似合ってるかしら、わたしのポニーテールは」
かなり時間をかけてわたしのポニーテールを検討したのち、戸部くんが言った。
「……愛には勝てない」
「え、羽田さんのほうが、似合ってたってこと!?」
「正直に言えば」
「……羽田さんびいきしてるんじゃないわよね!?」
「してねーよ」
わざとらしく、ソファにもたれて、
「がっかり~」
「がっかりさせてすまんな。罪滅ぼしに、メロンソーダを持ってきてやるよ」
「……」
「な、なんじゃ、その笑顔は」
「いま、利比古くん、在宅?」
「在宅だが?」
「よかった! 利比古くんなら、ぜったいわたしのポニテを絶賛してくれる。利比古くんはわたしを失望させない」
「……どうだろうか」
× × ×
戸部くんがダイニングルームに向かったのと入れ替わりで、利比古くんがリビングに登場。
まさに好都合。
「あっ、どうも、葉山さん」
「利比古く~ん、待ってた~」
「……難しそうな本、読んでますね」
「あちゃー、利比古くんは、わたしのヘアスタイルよりも、サルトルの戯曲が気になっちゃったかー」
「ヘアスタイル。……ああ、葉山さん、きょうはポニーテールに」
「そう。ポニテにしてみたのよ」
わざと、利比古くんがいる場所の最寄りのソファに移動して、腰を下ろし、
「もっと、わたしのポニテを、吟味してくれないかな」
「吟味??」
「きのう、ポニテにした羽田さんとあすかちゃんを見てるでしょう? きょうのわたしのポニテは、きのうのふたりのポニテと比べて、どんな印象?」
利比古くんの素敵な眼を、じーーっと見つつ、
「率直に言ってちょうだいよ。似合ってるか、似合ってないか」
若干たじろぎ気味に彼は、
「……似合ってます」
すかさず、
「『似合ってます』だけじゃ、わたし満足できない」
「えっ」
「もっと具体的に。……あなたのお姉さんのポニテと、比べてみてよ。どっちが、『サマになってる』と思うかしら??」
テンパる彼。
アワアワとなりながらも、やがて、こころを決めたように、
「……甲乙、つけがたいです。姉のポニテも素敵でしたし、葉山さんのポニテも素敵です。みんなちがって、みんないいんだと思います」
「模範解答、ありがとう」
だけど、
「だけど、わたしひねくれてるから、模範解答じゃ、満足できないのよね☆」
「ぐ…」と苦しそうな表情の利比古くん。
もっと、彼を攻め立てたかったが、あいにく、メロンソーダを携えて、戸部くんがふたたびリビングに登場してしまった。
「おまえまで、利比古イジメかよ、葉山」
「いじめてないわよ」
「説得力ゼロだな。ゼロどころじゃない、マイナスだ」
「ひどい~」
「メロンソーダ、飲ませてやんないぞ」
「なんでよ」
「『年上のおねえさんごっこ』は、見ていて痛々しい」
「なにそれ!? ごっこ遊びしてるつもりないんですけど」
「……メロンソーダをシェイクしてやろうか」
「――攻撃的なのは、戸部くん、あなたのほうじゃないの」