8月14日。
ぼくの誕生日だ。
「利比古、16歳の誕生日、おめでとう!!」
満面の笑みで祝福する姉。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「あのさぁ……」
「なに?」
少し、照れ隠しするようにしてから、
「はい! 誕生日プレゼント」
そうやって差し出したのは、夏物のTシャツだった。
「もしかして、これ、お姉ちゃんが……」
「そうなの手作りなの」
洋服を自力で作るなんて。
「――本当にすごいね、お姉ちゃんは」
「そうよ! すごいのよわたし」
「きょうのおまえはヤケに自信満々だなあ。自画自賛ってやつ?」
あ、アツマさん。
「アツマくん、お裁縫なんてなんにもできないじゃないの」
「ああ、お手上げだな」
素直に認めるアツマさん。
「ミシンの使い方、教えてあげようかしら?」
「えーっめんどいー」
「ズボラ!!」
「それはそうと。――おめでとうだ、利比古」
「ハイありがとうございます、お兄さん!」
「え」
「あっ」
「利比古……いまおれのこと、『お兄さん』…って」
い、言っちゃった。
「いやべつにいいんだけど」
――ぼくの言い間違いに、なぜかいちばん動揺してるのは、お姉ちゃん。
顔を赤くして。
どうして――?
「ところでアツマさん、あすかさんはどうしたんでしょうか?」
「あー作文が忙しいみたいだ。じきに下りてくるよ」
「ほんとうに忙しそうですよね……」
切羽詰まっていた。
切羽詰まりすぎて、たぶん彼女はぼくに怒ったんだと思う。
『作文オリンピック』への挑戦。
産みの苦しみ、ってやつか――。
しばらくして彼女はやって来た。
「あ…としひこくん…たんじょうびだったよね…きょう」
疲労を隠せていない。
「おいあすか、誕生日には言うべき言葉があるだろ?」
「……」
「こういうときには、どう言えばいいんだ?」
ふらつきながら、ぼくの前にあすかさんは近寄ってくる。
そして、まるでぼくの身体を支えにするようにして、右手をぼくの左肩にずぼっ、と乗せてきて、
「ごめんね……利比古くん」
と、祝福の代わりに謝罪の言葉を。
「ごめんね、利比古くん。あんなに怒鳴ったりして」
ぼくはできるだけ穏やかに、
「気にしてませんよ。あすかさん辛そうでしたもんね。…疲れてるんじゃないですか? その様子だと」
「どうしてわかるの。」
「誰だってわかると思いますよ」
彼女は静かに左肩から手を離した。
「ハッピーバースデー…利比古くん」
「やっと言えたな。」
「うん。…ごめんお兄ちゃん、なんか空回りしてたみたいで」
「おれも悪かった。頑張りすぎてるのを、黙って見過ごしてた」
「大袈裟だよ…」
「わたしも……頑張りすぎに、気づいてあげられなくて、反省。自分のことばかりしてたから、最近。」
「おねーさん、そんなことないですから」
「ううん。あすかちゃん、大切な『家族』なんだし。もっと見守ってあげるべきだったよ」
「後悔したってしかたないよ、お姉ちゃん」
「いいこと言った、利比古!!」
アツマさんが褒めてくれる。
「利比古も成長してるじゃないの……」
小さく笑って、姉はあすかさんに向き合う。
「あすかちゃん…」
「おねーさん…」
「あすかちゃん……」
「……おねーさん。」
「……スイカが冷蔵庫にあるの。
夜に、みんなで食べよう?」
「はい……そうしましょう。」
軽く抱き合うふたり。
× × ×
「なんだかごめんね、利比古くんが主役なのに、わたしの誕生日みたくなっちゃって」
夜、縁側に座ってスイカが来るのを待っていたら、あすかさんがとなりに座ってきた。
顔色が、いい。
「そんなことないですよ。」
「そんなことあったよー」
快活な調子で言うあすかさん。
「わたしが利比古くんの存在感、奪っちゃったね」
そして彼女は頬杖をつく。
そよ風に風鈴が揺られ、チリリチリリ…と鳴る。
「もっと自己主張しないとダメだよ利比古くんは。16歳になったんだし」
「はぁ……」
「『はぁ……』って言わないっ」
微笑みながらたしなめる彼女。
「自己主張の練習しようよ」
「練習、ですか?」
「スイカ、いくつ食べたい?」
「え。…えーっと、」
「はっきり自分の意思を言って。食べたいスイカの数を」
「む、難しい質問ですね」
「難しいでしょ?
でも、あなたが食べたいスイカの数がいくつか言うまで、わたし作文に手をつけないから」
強情なくらい強気に、彼女は迫る。
ぼくは正直に食べたいスイカの数を言ったのだが……、
なぜか、あすかさんに説教を食らう、というオチがついた。