週末に、彼女さんに会った。
「……でね、ついこの前まで、YouTubeで『カレイドスター』が無料配信されてたから、ぜんぶ観たの」
『カレイドスター』は彼女さんが好きなアニメである。
彼女さんはアニメファンではないが『カレイドスター』だけは別らしい。
小学生時代にリアルタイムで観て以来、ずっと好きで、忘れられないとか。
「やっぱり面白かった……いや、面白いっていう次元じゃないな。すごい」
「そんなにすごいんだ」
「だってサブタイトルに必ず『すごい』が付いてくるんだもん」
「そ、そうらしいね…」
「感動、って言葉すら、陳腐に感じてくるよ……。
観終わると、眼の前に広がる世界が違ってくる。
夢を追いかける生き方って、すてきだよね。
カレイドスターを目指す、そら(←主人公)の生き方――ロマンに溢れてる。
『子供向け』だとか『アニメ』だとか、そういう括(くく)りは関係ない。私の血肉になった作品のひとつ」
「へぇ……、観るべきかな」
「観たくなったら観ればいいよ。」
彼女さんは朗らかに笑って言った。
「――ところで流くんは、夢、追いかけてる?」
胃袋にグサっと来る問いかけ。
「小説家になるんでしょう?」
「なれたら……いいなあ…」
「それは弱腰すぎるよ」
グサッ。
「なんのために大学院まで進学したの。夢を追い求めるためじゃないの?
書いてるの? ――小説」
書きあぐねているぼくにとって、それは胃に穴が開くような問いかけだった。
「書かなきゃダメだよ。前に進まないよ。努力しなきゃ!
そらだって、レイラさんだって、努力してるよ!?」
『カレイドスター』の登場人物を引き合いに出して、彼女さんは説教モードに突入する。
「流くんは――ケンに似てるな」
「ケン、?」
「ケン・ロビンス」
「ケンは基本頼りないの」
頼りないって言われた。
「見た目、優男ってやつ?」
優男って言われた。
「ケンはね、そらに片想いしてるんだけど、想いが空回りして、終始報われないの」
……ぼくって、そんなに悲惨?
「可哀想なやつなんだね…その、ケンくん、っていうキャラクターは」
しかし彼女さんは口元を緩めて、
「――でもね。
そらにとって、いちばん頼りになるのは、実はケンなんだよ。
ケンが居なかったら、そこでゲームオーバー! って話が、いくつもあるの。
基本頼りないけど、ときどきすっごく頼りになるの!
魅力的だし、好きだな――」
「ケンが?」
「ふたりとも」
「え?」
「でもホントにどうするの? 流くん。あなたは修士課程だけど、周りのみんなはほとんど働いてるでしょう?」
痛いところを突き続けてくる。
彼女さんは、厳しいのだ。
「私だって社会人だし」
そうなのだ。
肩身が…狭い。
街を、彼女さんの少し後ろで、トボトボと歩く、帰り道。
「ハッパかけたみたいになっちゃったかな――流くんに」
目がくらむ――といったら大袈裟だけど、この日の彼女さんは、いつにないくらいまぶしかった。
「でも流くんにはもっと努力してもらいたいと思って」
ぼくのほうを振り返り、
「――ダメだよ、そんな歩き方じゃあ。もっと胸を張って歩かないと」
苦笑いして、
「ぐずぐずしてると、置いてっちゃうぞ。」
そして彼女さんは足を速めた。
ついていくのが精一杯だった。
× × ×
『ぐずぐずしてると、置いてっちゃうぞ』
彼女さんの警告の、
重み。
胃が痛くて、
気が重くて、
暗澹(あんたん)たる月曜日を迎えてしまった。
彼女さんは――もちろん仕事に出ていることだろう。
いろいろ言われたな……。
どうすりゃいいんだろう。
これからの、身の振り方、というか。
溜め息も、つきがちになる。
「何かあったんですか、流さん?」
愛ちゃんだ。
「立ったまま、遠くを見つめるみたいに」
「うん、ちょっとね…。とあるひとから、お説教を食らっちゃって」
「彼女さんですね」
「うぐっ」
「流さんの彼女さんは……強気なひとらしいじゃないですか」
「よく知ってるね、愛ちゃん」
「だって、わたしと流さん、何年一緒に暮らしてると思ってるんですか!
わかりますよ。
これだけ長い付き合いだと。
たとえ、流さんの彼女さんと、会ったことがなくったって」
「愛ちゃんにはかなわないなあ」
「かなわないなあ、じゃ、困るんです!」
「エッ」
「『お互いがんばろう』、って約束したばかりじゃないですか!!
流さんが元気出してくれないと、困るんですよ!!」
怒った様子はなく、
明るい笑顔で、
ぼくに『グー』の拳(こぶし)を突き出す。
愛ちゃんにぼくは、自然と笑いかけていた。
彼女さんも、この娘(こ)も、なんて強いんだろう。
素直に尊敬する。
尊敬するからには――、
がんばらなきゃならない。
動き出さなきゃならない。
がんばろう。