利比古くんとケンカした。
というよりも、わたしが勝手に利比古くんに当たり散らしてしまった。
ムシャクシャしてやった。
いまは――反省、できてるの?
『オリンピック』の作文がなかなか書き進まなくて、イライラしはじめていた。
気分転換に、部屋を出た。
利比古くんとばったり出くわした。
彼、「順調ですか?」と言うもんだから――、
気づいたら、わたし、どなっていた。
「順調なわけないでしょっ!!!」
利比古くんは……おびえるようにして、ことばを失ってしまっていた。
わたしは逃げるようにして階段を下りた。
× × ×
どうして、どうして、どなっちゃうの、わたし。
ちょっとイラついたぐらいで。
文章が書き進められないのは、自分の力不足。
まるで自分の力不足を、他人のせいにするみたいに、当たり散らして…。
自己解決すべき問題なのに。
なに利比古くんイジメてんのわたし――って感じ。
バカ。
あすかのバカ。
わたし最低。
……居間をさまよっていたら、
お母さんがソファでくつろいでいるのを発見した。
どうしようもなくなりかけているわたしは、
思わずお母さんに、助けを、もとめたくなった。
助けて――お母さん。
「どーしたあすかっ、顔色悪いゾー」
「……」
「悩める思春期の女の子の顔だっ」
「お母さん……」
お母さんの隣に腰を下ろし、からだをグッ、と近づける。
そして吐く、弱音。
「いろいろわけがわかんないの。ってのはね、いろんなことが、グチャグチャしちゃって、こんがらがっちゃって――危ないの、わたし」
お母さんは問う。
「助けてほしい?」
「助けてほしい。」
お母さんのからだに身を委ねるわたし。
甘えるわたしを、フワッと包み込んでくれる、お母さん。
「……利比古くんに、キレちゃった」
「あらら」
「自己嫌悪……」
「あらまぁ」
思ってることを、
言えるだけ吐き出した。
それをいつまでもずっとニコニコと聞いてくれるのが、
お母さん。
ようやくわたしは、安心した気分になることができる。
「ありがとう…お母さん。」
「どういたしまして。
あすか、肩とか腕とか、こってるよ」
「さすがに…ね」
「ガチガチあすかを柔らかくしてあげる」
そして、わたしの肩や腕をほぐしてくれる。
思わず「ふぅ……」と溜め息が出てしまう。
「久しぶりだな、甘えんぼのあすかは」
「……甘えんぼさんになっちゃった。17歳にもなって」
「正直、うれしい」
「甘えてくれて?」
「うん♫」
「お兄ちゃんには……ナイショ」
「もちろん」
「とっ、利比古くんにも……」
「もちろん♫」
「あのねお母さん。
ずいぶん前だけど――わたしが高校のスポーツ新聞部に入りたてのとき、
『あすか、どんな道を選んでも、文章は書き続けなさい』
って――お母さん、言ったじゃない」
だが、お母さんはキョトンとして、
「そんなこと――言った!? わたし」
「い、言ったよぉ」
「ホントか~?」
「ホントだもんっ。
嬉しかったんだもんっ、わたし。
びっくりしたけど――嬉しかったんだ。
お母さんのそのことばが――『支え』になってるのかなあ。
お母さんのことば、想い出すと、自信が出てくる。
お母さん。
わたしこの先――どういう未来が待っていても、文章は書き続けるよ。
きょうみたいに――グシャグシャ状態で、迷って悩んでも。
挫折しても。
失敗しても。」
× × ×
元気が出た。
利比古くんにいつ謝るか、考えるだけだ。
すっかり元気を取り戻したわたしは、ソファから立ち上がって、階段に向かって歩き出そうとした。
すると、
「あすか」
なぜか呼び止めるお母さん。
「え、なに、お母さん」
――お母さんは、イタズラするみたいに笑って、
「――新しいブラジャー、買ってあげようか」
え、え、なにそれ。
唐突!
わたしは――返す言葉が思い当たらずに、
「もうっ」
と困り声を発するしかなかった。