新年早々、あすかさんが、なんだかやけに嬉しそうである。
「あすかさん、幸せそうですね」
「利比古くん」
「なにか、もらったんですか?」
「べつに」
怪しい。
「そんなに、はぐらかそうとしなくたっても」
「はぐらかしてなんかないし」
「――当てましょうか。なにをもらったか」
「もらった前提なわけ」
ぼくは首を縦に振る。
「あ……当ててごらんよ」
「身構えなくてもいいでしょう」
「身構えてないから!」
「結局のところ――」
これに決まってる。
「――お年玉ですよね」
顔を赤らめるあすかさん。
「なんで恥ずかしがるんですか」
「恥ずかしいよっ!! あと少しで高3なのに、お年玉もらって嬉しがってるところを見られたら」
そういうものなのかなあ。
「――でも、目撃者が利比古くんで、まだ良かった」
「目撃者、って」
「お兄ちゃんに見られてたら恥ずかしすぎて引きこもりになるところだった」
「ひ、引きこもっちゃダメですよ」
「うん、わかってるんだけどね。
ところで――」
「はい、なんでしょう」
「利比古くんだって、お年玉もらってるでしょ」
「もらっちゃいましたねー」
「…あなたにしたって、嬉しそうだよね。顔に出てる」
「出てますか…?」
「出てる、出てるったら出てる」
新年早々ハイテンションだなあ……と思いつつもぼくは、
「明日美子さんに、まずもらいました」
「『まず』!? お母さんのほかにも、だれかにもらってるの」
「あ、はい。――アツマさんに」
「お兄ちゃんに――!?」
ほんとは「あすかには内緒だぞ」って言われてたんだけどな。
すみません、アツマさん。
言っちゃいました。
「ずるい」
「拳(こぶし)を握りしめなくたって、あすかさん」
「利比古くんもお兄ちゃんも両方ずるいよ」
「あ、あすかさんも、アツマさんにお願いすればもらえるんでは」
「そんなことするわけないじゃん」
たしかに――性格的に。
「……わたしバイトしようかな」
「なぜに」
「お兄ちゃんに頼りたくないからに決まってるでしょ」
「ど、どういう理屈ですか」
「お兄ちゃんから、お小遣いとかお年玉とかもらうのは、ちょっと違うと思うの」
「素直にもらっておけばいいのでは?」
「なんかそれ――くやしいじゃん」
「くやしい…」
「そ。くやしいから」
『高校生でバイトは、大変だと思うよ』
「うわあああああ流さん」
――流さんが、ひょっこりと現れた。
それにしてもあすかさん……ビックリし過ぎなのでは。
喘(あえ)ぎながら彼女は、
「な、な、ながるさん、いまの会話、も、も、もしかして」
「もしかしなくても聞こえてたよ、あすかちゃん」
「恥ずかしい引きこもりたい」
「引きこもっちゃあバイトどころか学校にも行けないね」
「ぐ……正論」
「バイトは大学からでいいと思うよ」
「あすかさん、ぼくもそう思います」
「お兄ちゃんのスネかじりになっちゃう……」
「オーバーに考えすぎですから」
アツマさん絡みのことになると、オーバーになっちゃうのかな。
自分のお兄さんだから?
「大学生になったら絶対お兄ちゃんより稼いでみせる」
「いや……大学生の本業は、勉強じゃないですか」
「利比古くんがいいこと言った」
苦し紛れのあすかさんは、
「お、お金だけじゃないから、単位もお兄ちゃんより稼ぐんだから」
「まあまあ、落ち着いて」
なだめるように流さんが言った。
「進路を意識するのは大事だけど、高2の1月なんだし、もっとゆっくり構えたほうがいいと思うよ」
「……また流さんに正論言われちゃった」
「先走りすぎるのも、ね。
ところで、なんだけど……」
「?? どーしたんですか、流さん」
そう言ってキョトンとするあすかさんだったが、
ぼくには流さんの意図が読めていた。
「ふたりに渡したいものがあって、さ」
「渡したい――まさか」
「そのまさか、なんだよ、あすかちゃん。利比古くんは勘付いてるみたいだけどね」
「お年玉――」
色違いの、ポチ袋がふたつ。
「自分で言うのもなんだけど、アツマよりは、オトナだからね」
「ありがとうございます流さん、大事に使おうと思います」
即座にぼくが受け取るいっぽう、
あすかさんは不意打ちを食らったみたいに、
「ほんとうに――もらってもいいんですか」
流さんは頭をポリポリかきながら、
「あすかちゃんには……本来、もっと前からお年玉、あげるべきだったんだけどな。ここまで持ち越しちゃった」
「たしかに――流さんがお年玉くれるの、たぶん初めて」
「長い付き合いなのに、申し訳ないね」
「謝らなくてもいいです」
と言って、彼女は素直にポチ袋を受け取る。
「ありがとうございます……流さんには、ギター買うときもお世話になったし、いつか、恩返ししないと……」
「恩返し、か」
「…『その必要はない』なんて、言っちゃイヤですよ、わたし」
「そっか。
じゃあ、いまのところは…あすかちゃんの気持ちだけ、受け取っておくとするか」
× × ×
風のように、流さんは去っていった。
「良かったですね、お年玉もらえて。ぼく、なにに使おうかなぁ、貯金かなぁ」
「――『気持ちだけ受け取っておく』ってことばは、便利」
「不穏な。……流さんに不満でもあるんですか」
「ないと言ったら、ウソになる」
「お年玉が増えたんだから、もっと喜べばいいのに」
「そだねー。
あとで……言うよ、流さんに。
『『気持ちだけ受け取っておく』ということば、しかと受け取りましたから』
ってね」
「また、挑戦的な……」
「挑戦的なだけじゃないよ。
感謝の気持ちも込めて言うんだ」
そして、ポチ袋を上着のポケットにしまってから彼女は、
「だって……流さんのこと、好きじゃないわけないじゃないの。
尊敬してるんだよ、なんだかんだいっても。
頼れるオトナのおにいさんだし。
お兄ちゃんなんかより――彼のほうが、100万倍頼れる」
アツマさんが泣いてしまいそうなことを……。
「それなら、できるだけ早く流さんに伝えに行かないと」
「――その前に、ニューイヤー駅伝」
「………」
「『流さんとニューイヤー駅伝のどっちが大事なんですか!?』って顔してるね」
「………してませんから」
「利比古くんがツンデレだ」
「………ツンデレてませんから」
「お姉ちゃんに、似てきた?」
「………どこまでも、からかうんですね」
「からかいついでに――」
「………?」
「――どっちも大事に決まってんじゃないの。
ニューイヤー駅伝も、流さんも。」
『どっちも大事だ』は――便利すぎる言いかた、だけれど。
「欲張りですね、あすかさんは」
ニューイヤー駅伝の中継に眼を凝(こ)らしながらも、
「利比古くんも、もっと欲張りになりなよ」
と、彼女は突っぱねる。
その突っぱねを、受け止めて、
「ぼくには――あすかさんみたく欲張れる自信、ないですよ。
欲張れるのも……才能です。
なにより、貪欲(どんよく)なほうが、あすかさんらしいじゃないですか」
「……『貪欲』なんてことば、よく知ってたね」
「知ってますって」
「でも『貪欲』はぶっちゃけ言い過ぎ」
「ホメてるつもりなんですけど」
「言い訳なし!」
「ええっ」
「『ええっ』じゃない!!
罰として利比古くんはニューイヤー駅伝の優勝チームを5分以内に予想すること」
「……旭化成。」
「なんでそこで即答するのっ」