川又ほのか、高校3年生。
只今、絶賛スランプ中。
なにが、スランプかというと――。
わたし、学校で、文芸部の部長をしていて、
短歌なんかも――詠んだり、してるんだけど、
夏本番になってから、
ぜんぜん着想が浮かばず、
うまく、短歌が、詠めていない。
文芸部内サークル『シイカの会』のリーダーでもあるわたし、
歌集同人誌発行という夢に向けて、短歌のストックを増やさなきゃならないんだけど、
……スランプだ。
指南書の類(たぐい)は読んでる。
『古今和歌集』の名歌などを勉強したりもしている。
でも……実践に、結びつかない。
なにが足りないのかな。
きっと、いろいろ足りないんだ。
不足していて、甘いわたし。
× × ×
夏の日光で、窓辺が明るい。
わたしはわたしの部屋で勉強机に向かっている。
夏休みの宿題を消化して、某Z会の参考書を進めたのち、
おもむろに、短歌用のノートを机に広げる。
クーラーはガンガンきかせてるから、猛暑によるストレスはあんまり感じないけど、
いざ、短歌のアイディアを出そうとすると、
自信がなくて……出ない。
自己肯定感の低さが、創作意欲を削(そ)いでるんだろうか?
三十一文字(みそひともじ)どころか、
五・七・五の17音も、
七・七の14音も、
まるであたまに湧いてこない。
――調子のいいときは、5音や7音のリズムのことばが、あたまにブワーッと浮かんでくるのに。
――あすかちゃん。
あすかちゃんは、彼女の高校で、校内スポーツ新聞を作っていて、
6割がたの記事は、あすかちゃんの手によるものらしい。
その旺盛な執筆力は、どこから出てくるんだろう?
スランプとか、経験してないのかな?
――わたしはスマホに手を伸ばしていた。
× × ×
『ことばが弾けるように浮かんでくる、って言うとヘンかなあ』
「弾けるように、ことばが……!」
『気づいたら、書き進んでる』
「それはすごいよ。天賦(てんぷ)の才だよ、あすかちゃん」
『アハハ、ありがとう』
「じゃあ……。スランプに、なったことなんか、ないよね」
『そんなことない。大スランプ、あった』
「エッ、ホント!?」
『去年の話になるんだけどさあ。
高校生作文オリンピックの――作文を書こうとしていてね。
一向に、書き進められないときがあって――、
夏の暑さと相まって、あたまの中がグチャグチャになって、
ひとことで言って……つらかった』
あすかちゃんにも、そんなことが……。
……等身大の、女の子なんだ。
わたしだけが、スランプを経験してるわけじゃ、ないんだ。
『――それで、利比古くんに、八つ当たりをしちゃったんだ』
「――利比古くんに!? なんで」
『ムシャクシャして』
「それは――あすかちゃん、そうとう参ってたんだね」
『うん。
彼の、誕生日のときに――ちゃんと、謝ったけど』
誕生日。
利比古くんの、誕生日。
「もしかして、
もしかして……利比古くんの誕生日、もうすぐだったりする?」
『うん、近い。もうすぐ。
8月14日なんだもん、彼のバースデー』
そっかあ……。
「17歳の…」
『そう。17歳の』
「…わたしが、『おめでとう』って言ってたって、伝えといて」
『伝えるけど……、
それだけで、満足? ほのかちゃん』
「え、え、それ、どういうこと」
『せっかく、かかわり合いがあるんだからさ。
もっと――彼を、祝ってあげない?』
「わ、わかんないよ……『おめでとう』以上の、祝いかたなんて」
『プレゼント、とか。』
「利比古くんに、わたしが、プレゼント!? そんな、いきなり――、」
『もう、いきなり、とか、ないと思うよ』
「なにを贈ればいいのやら――見当もつかない」
『なんでもいいじゃん。
こまごまとしたものでも。
プレゼント代は、わたしが半分出してあげる』
「プレゼント代とか、そういう問題じゃ――」
『――あっ』
「ど、どーしたの??」
『おねーさんが作ってるバームクーヘンが、出来上がったみたい。
ゴメンね、ほのかちゃん。夕方になったら、また通話できると思うから』
そんな。
× × ×
初めて、あすかちゃんを、ズルく思ってしまった。
利比古くんのこと、吹っかけるだけ吹っかけておいて、
羽田センパイのバームクーヘンに、飛びつく。
…ズルくもあるし、
距離が近い(というか同居してる)利比古くんに、彼女は遠慮なく接していて、
その、彼と彼女の、かかわり、が…、
単純に、うらやましい。
――嫉妬?
嫉妬?
嫉妬??
わ、わたし――あすかちゃんに、ヤキモチなんか、焼きたくないよっ。
――利比古くんとは、
あすかちゃんのほうが、断然、関わり合いは多いに決まっている。
だけど、
わたしだって――ここ最近、彼との関わり合いが、着実に、増えてきている。
つい先日だって、利比古くんの桐原高校に赴いて、彼と会った。
彼が暑がりなのを、見て取って、
わたしは、いつになく積極的になり、飲み物を自販機で買ってあげて――じぶんの未使用タオルも、渡してあげた。
木陰のベンチに、ふたり並んで座って、暑さを避けた。
わたしの未使用タオルで、じんわりと浮かんでいた汗を拭く、利比古くんを――、
眺めているとは、さとられないように、ひそかに、眺めていた。
彼は、
わたしが、彼を見ていることに、気づかずに……。
彼が、鈍感だから、
勢い余って、積極的に働きかけて、
さらには、鈍感さを突き崩すためみたいに、彼に視線を送り続けて。
鈍感なんだ、って、決めつけちゃうのも、いかがなものだけど、
もっと、もっと、
利比古くんのほうからも――わたしに、働きかけてきてほしくって。
どう、働きかけてほしいか、なんて、
具体例、思い浮かんだら、苦労しない。
具体的に思い浮かべられないから、いっそう……、
『彼のほうから、関わってきてほしい』
という欲望・願望が……強まってしまう。
妄想めいてるけど。
そう、妄想めいてるけど、
わたし――、
利比古くんと、もっと、もっともっと、
コミュニケーションが――したい。
…あすかちゃんに勧(すす)められた、プレゼント作戦も、
コミュニケーションを増す、ひとつの契機として、
あなどれないのかも、しれない。
だとしたら、
彼にどんな、バースデープレゼントを?
× × ×
短歌のことが、二の次になった。
夕方にもう一度あすかちゃんと通話することも、あたまの中から消えていた。
わたしは、利比古くんへのプレゼントのことを、ひたすらに考えて――、
額(ひたい)に汗が出てくるぐらい、ひたすら、ひたむきに、プレゼントに思いを巡らせていたら、
窓の外の夕陽が――沈みかけていた。