利比古くんと『サシ』、つまり1対1で向かい合っている。
なにやら彼は、タブレット端末でネットサーフィンをしているご様子。
なにを閲覧してるやら。
いっぽうのわたしは、黙って飲むヨーグルトを飲んでいた。
「あっ」
なにか重大な情報でも発見したみたいに、タブレットを見ながら「あっ」という声を出した利比古くん。
「――なるほど」
なるほど、ってなに…。
たまりかねてわたしは、
「面白いウィキペディアの記事でも見つけたの?」
「どうしてわかるんですか」
「リアクション的に」
「リアクション的に……」
タブレットをテーブルに置く彼。
「あすかさんにバレてしまったので、ウィキペディアの閲覧は自重します」
あ、そう。
「ついつい、のめり込んでしまうんですが――タブレットのアプリだと、ウィキペディアは若干読みにくいですね」
「――英語版を読んでました、ってオチがつくんじゃないの?」
「えっ?? …ふつうに日本語版ですけど」
くっ……。
微妙な空気が、漂う。
退屈、なのである。
久里香(くりか)と会ったきのうとは、打って変わって。
おねーさんは部屋にカンヅメになって勉強しているし、とても『遊んでくれ』なんて言えるような状況じゃない。
山へ芝刈りに行ったかどうかは知らないが、兄もどこかへ出かけてしまった。
絡む相手が現在、利比古くんぐらいしか居(い)ないのである。
「……利比古くん」
「ハイ」
「……退屈だね」
「そうですかね?」
「そうだよ、退屈だよ。日曜なんだよ、きょう。邸(いえ)に引きこもってないで、どっか出かけたいよ」
「きょうもですか? あすかさん、お友だちに会うって言って、きのう出かけたばっかりじゃないですか」
「こまかいことはいいの」
ん~~~。
困ったもんだ。
ひとりで街に出ても、つまんないし。
――思い出した。
利比古くんを、連れて行きたいところがあったんだ。
× × ×
「こんなに近場にゲームセンターがあったんですね」
「ね、東京っていいでしょ」
地方都市だと、最寄りのゲームセンターまで、徒歩40分以上…ということがあるらしい。
どこの地方都市かは言わない。
「どう? この雰囲気」
「少し、騒がしい気もしますが…」
「ゲーセンなんてこんなもんだよ」
「はあ」
「はあ、じゃないっ」
せっかくゲーセンまで連れてきたのに、トボけた反応を返されても困る。
もっとテンションを上げていこうよ。
「……あすかさんは、だれとよくここに来るんですか」
「ふつうに、高校の友だち」
「えっ!?」
心外な。
「利比古くん……わたしに同級生の友だちがいないとか、決めつけてたの?」
「決めつけてはいません。ただ、あまり知らなくて、あすかさんの交友関係を……」
『あすかちゃんひとりぼっち疑惑』、定期的に浮上するよね。
スポーツ新聞部の活動風景ばっかりで、ふだんの学校生活とか、めったに描写されないし。
わたしのクラスのこと描写するの、面倒くさいのかな。
たとえば、授業風景とか。
授業風景描写するのにあんまり乗り気じゃない……って、小耳に挟んだことが、そういえばあった。
わたしが2年何組かも、一度も説明されてないし。
あえてぼかす、っていう感覚は、理解できる。
でも、利比古くんが通ってる高校はちゃんと『桐原高校』って名前出してるのに、わたしの高校名はいっさい情報公開してないっていうのは、不可解だけど。
「……わたしはぼっちじゃないよ」
「『ぼっち』?」
「あー、教室でひとりぼっちとか、そういうわけでは全然ないってこと」
ところで。
「利比古くんこそ、同級生のこと、野々村さんぐらいしか、話してくれなくない?」
反撃を食らった彼は、
「そ、そうでしょうか…」
「まあクラスの愉快な仲間たちと楽しく過ごしてるんだろうけど、さ」
いずれは……、
「利比古くんのマブダチとかも、しだいに明らかになっていくんだろうね」
「…『マブダチ』って、なんですか」
「また、いちいち解説する流れ!?」
ヒエッ、とおびえる利比古くん。
「それこそ面倒くさいよ」
「…ごめんなさい」
「――わたしたち、ゲーセンにやってきてるんだけどさ」
「…そうですね」
「なんだか、同じところを堂々めぐりしてるような感じで、一向(いっこう)に前に進めてないよね」
「どうしてなんでしょうか…」
「ま、だれかのせいにしても、しょうがないし」
わたしはフロアの中心部に向かってようやく歩きだして、
「音ゲーやるよ」
「『おとげー』?」
「見ればわかるから」
× × ×
「あすかさん、あそこに『ギターフリークス』ってゲームがありますよ!」
テンションの高い声で、利比古くんは筐体(きょうたい)を指差す。
が、わたしは彼の期待を大きく裏切るように、
「ギタフリはやんない」
「……なんでですか。あすかさんにピッタリなゲームじゃないですか」
「わかってないなあ」
「……え?」
「わたしにピッタリだから、むしろやんないの」
ギタフリの筐体をガン無視して、
「もっと面白いゲームがあるよ」
「ど、どこに行くっていうんですあすかさん」
「KONAMIさんは懐(ふところ)が深くてね」
「……?」
「なにかひとつのタイトルにこだわらなくたって、多種多様なゲームを用意してくれてるんだから。
同じ『ビートマニア』の括(くく)りでも――選択肢は、無限大。
jubeat一途(いちず)とか、そういうわけじゃないから、浮気っぽいライトユーザーっていうレッテル貼られるのも、致し方ないけど。
でも、ミーハーや一見(いちげん)さんだって――立派な『顧客(こきゃく)』だよね。
わたしはKONAMIのこと、嫌いになれない」
「あすかさん、早くゲームを、しませんか」
「そだね。…オタクっぽく語ろうとして、盛大に失敗した」
「慣れないことをするものでも、ないでしょうに」
「利比古くんの、言うとおり」