わたしには、久里香(くりか)という親友がいる。
べつの高校に進んだけれど、友情は変わらず続いていて、きょう、久しぶりに会うことになった。
いったんバッサリと切った髪を、また伸ばし始めたらしい。
スマホに送ってくれた写真を見るよりも、こうして実際に会ったほうが、はるかに『髪が伸びたんだ』という実感がわいてくる。
「ほんとうに髪、伸びたんだね」
わたしが言うと、
「――どういうふうに見える?」
と久里香が訊いてきた。
「ん~……変わった。いい方向に」
「いい方向に、かあ」
屈託(くったく)なく久里香は笑い、
「あすかは――いい意味で、変わらないよね」
そのことばに対する反応に困っていると、
「でも、ちょっぴりだけ、オトナに近づいてる気もする」
「……要するに、成長してる、って言いたいの?」
「そーだなー、成長というか、成熟、というか」
「あいまいね」
「あいまいでごめん」
「べつにいいんだけど……わたしが成長するのなら、久里香だって成長する。そういうもんでしょ。同い年なんだから」
「そうね、もう少しで高3になっちゃうんだし」
ふと、わたしの手元を見て、
「あすかがコーヒー飲んでるとこ、初めて見る」
「ほんとに?」
「それこそ、成長、感じちゃうね」
「…砂糖とミルク、どばどば入れてるから、苦(にが)みなんて感じないよ」
カフェに来ている。
たしかに、わたしは珍しくコーヒーを頼んだ。
ただし、そのコーヒーを思いっきり甘くカスタマイズしているので、格好がつかない。
「おねーさんだったら…なんにも入れずに飲むんだけどな」
「おねーさんって、愛さんだよね。コーヒー好(ず)きなんだ、彼女」
「好きってレベルじゃないよ。どんだけコーヒーの苦みに強いんだろ…って感じ」
「苦みに、強い、か」
久里香は自分の飲み物をひとくち飲んだかと思うと、
「オトナなんだねえ」
そうだよ。
久里香の言うとおり、おねーさんこそ、オトナだよ。
「いつも、わたしの前を行ってる――憧れるから、影響される」
わたしがそう言うと、久里香は左手で頬杖つきながら、
「影響って、たとえば?」
「――話しかたを真似たりとか」
「ほほー」
「語尾よ、語尾。語尾を真似るのよ」
「それ、もう、話しかたを愛さんに似せてるってワケ?」
「よくわかったわね」
「語尾でわかる」
「そうなのよね。漫画やアニメの女の子みたいな語尾になるのよね。でも本人は、『古い翻訳小説を読みすぎた結果』って言っているわ。要するに、文学少女ってことなのよ」
「あすか、若干無理してるでしょ」
「だって、語尾を似せるの大変なんだもんっ」
「――あ、ふつうのあすかに戻った」
「――おねーさんじゃないと、格好がつかないってこと」
「しょげる必要ないよ。あすかは、あすかなんだから」
わたしはわたし、か。
「励まされちゃった」
「わたしが励まさなかったら、だれがあすかを励ますってゆーの」
「久里香は強いなぁ」
「でしょ? ――ところで」
頬杖をついていた左手を、テーブルに置いて、
「お兄さんはどうしてるの、お兄さんは」
「え……そんなに兄のこと、知りたい」
「知りたい、知りたい」
ものすごく積極的な久里香。
「――どうしてるもなにも、相変わらずだから、面白い情報なんて、提供できないよ」
「でも愛さんとつきあってるんでしょ」
眼を輝かせて、ものすごい勢いで、
「ひとつ屋根の下で、しかも恋人同士で、運命的に愛しあっていて、少女漫画もマネできないくらい、甘酸っぱくて熱い関係……」
と、誇張めいたことを言ってきたから、わたしはたじろいでしまう。
「……久里香あんた、お兄ちゃんのこと知りたいというより、お兄ちゃんとおねーさんの『関係』について知りたいんじゃないの?」
「あー、言われてみれば」
「言われてみれば、じゃないよっ」
「てへへーっ」
「あんたの認識は、認識というより妄想。ふたりのことを、ロマンチックに思い描きすぎてる」
「ドキドキな関係なんだもん、しかたないよ」
「ドキドキな関係、ねぇ……」
「あすかはふたりの近くに居(い)すぎるからわかんないかもしれないけど、ドキドキする要素しかないんだから」
思い込み……激しいなあ。
「アツマさん、いまいくつ?」
「お兄ちゃん? お兄ちゃんはもうすぐハタチ」
「大学2年?」
「そうだよ、もうすぐ3年」
「社会人になるのが、着々と近づいてるね」
あ……。
たしかに、そう言われれば。
ほとんど、意識してこなかったけど。
お兄ちゃんも、そろそろ就職活動なんだ。
「2歳差だから、順調に行けば、アツマさんが新社会人のとき、愛さんは大学3年生か」
「――で?」
「カンが鈍いなー。ふたりと距離が近すぎるからかなー」
「なに言いたいの」
「恋愛の――育(はぐく)みかた、だよ」
育みかた、と言われても、
まだ、久里香の意図が、ハッキリとしない。
「将来有望な関係なんだから――ますますドキドキが加速しちゃうんだ」
ううむ……。
「――ごめん、いまいちピンとこない」
「もう、あすかも鈍感だなあ」
「ごめんね…」
「そんなに申し訳無さそうな顔しないでよ。いちばん肝心なところで鈍感なのが、あすかの最大の魅力でもあるんだから」
「…ホメてるの?」
「ホメてるよ。――ところで。」
「また話題転換? 利比古くんのことでも訊きたいの?」
「どーしてわかったの」
「や、なんとなく、だけど。……邸(いえ)の面々のことを、訊かれる流れなのかなーって」
「わたしは利比古くんにも興味津々」
「なにゆえ」
「ほら……愛さんの弟さんだしさ」
「彼はおねーさんよりも全然頼りないよ」
「いきなりバッサリですか~」
「おねーさんみたいなスペックを期待すると、裏切られる」
「ハンサムなんでしょ? でも」
「なにゆえハンサムという前提なのかなあ…」
「その前提を裏切られたら、泣くよ」
「……あいにく、モテそうなルックス、してるよ」
「やっぱり~~」
「そこは、おねーさん譲(ゆず)り。あとは、英語ができるぐらいかな……強調できるのは」
「――ずいぶん厳しくない?」
「んっと……協調性も、強調できるか」
出し抜けにフフフッ、と笑う久里香。
「……おかしなタイミングで吹き出さないでよ」
「ごめん、ごめん」
「どこがそんなにツボにはまったのかなぁ……まったく」
「だってね、あすかが利比古くんを評価してる素振(そぶ)りが、全然ないんだもん」
「評価は……してないわけじゃないよ」
「でも辛口だね」
「なんでなのかな、自分でもわかんないや」
「いいんじゃないのー? 素直ってことだから」
「久里香ほど、素直じゃないかも……」
「――ね、この際だから、利比古くんの欠点を、あと3つ言ってみてよ」
「どういう好奇心それ」
「とにかく――ひとつめ!」
「…『遊び心がない』」
「ふたつめ!」
「…『ときどき、すっごく無神経』」
「みっつめ!」
「…『妙なところで、マニアック』」
「よっつめ!!」
「『日本語英語に、やけに厳しい』――あ」