【愛の◯◯】呼び捨てとタメ口の夜

 

「あすか、そこのお醤油、取ってくれないかしら?」

「わかった。はい、ここに置いておくよ、おねーさん」

「うん。ありがとう、あすか」

 

× × ×

 

「あら、マイメロディのぬいぐるみじゃないの、あすか」

「えへへー、本邦初公開なんだ、このぬいぐるみは」

マイメロディもあすかは好きだったのね」

「うん好きだよ。シナモロールやポムポムプリンもいいけど、マイメロもやっぱり捨てがたいよねー」

「…もしかして、あすか、それのほかにも、マイメロぬいぐるみ、持ってたりする?」

「うんうん、じつは持ってる。おねーさんにあげてもいいよ?」

「じゃあ、あすかのおことばに甘えて、もらっちゃおうかな」

 

× × ×

 

「あら、あすか、きょうは、洋楽を聴いているのね」

「さいきん、洋楽聴くことが多いんだ~」

「……あっ、ニュー・オーダーだ。あすかがニュー・オーダー聴くなんて、わたし初めて知った」

ニュー・オーダーは、ついさいきんになって、聴き始めたばっかりなの」

「どんどん、音楽の幅が広がってるね、あすか♫」

「おねーさんがそう言ってくれるの、嬉しいー」

「いい趣味よ」

「いい趣味? ホント?」

「それはもう」

「良かったら、おねーさんも、いっしょに聴こうよ。このプレイリスト、すごいんだよ」

 

× × ×

 

「こんどは、読書なの? あすか」

「音楽の次は、読書だって、相場が決まってるじゃん」

「だれが決めた相場なのそれ」

「ごめ~ん、口から出まかせだった」

「しょうがないわねえ。…だけど、面白いからヨシ」

「おねーさんはやっぱり、寛容だ」

「どれどれ。ちょっと見せて。……ふむふむ、いい趣味だ。さすが、あすかって感じねえ」

「うわ~っ、また、おねーさんにほめられた~」

「あすかのことは、ほめすぎてもほめすぎることはないのよ♫」

「照れちゃうな~~」

 

× × ×

 

 

……今夜の、愛とあすかの会話の、抜粋である。

 

 

……激しい違和感。

 

 

長年、このブログをご愛顧いただいているかたがたなら、お気づきのはずだ。

なにに? ――違和感の、正体に。

 

 

おれは愛&あすかコンビのもとに近づき、

「なんなんだ? 今夜のおまえらは。いつもとぜんぜん違うじゃねえか」

「ぜんぜん違うって、なにが?」と愛。

「いったい兄貴はなにを言ってるのかな?」とあすか。

おまえらとぼけるなっ。

 

「まず、愛よ。おまえは、なぜ、あすかのことを呼び捨てに? 『あすか、お醤油取って~』とか」

…なにも答えずニッコリ顔の愛。

バッキャロ。

 

「…あすかにしたって、愛に対して、終始タメ口。『おねーさんにマイメロのぬいぐるみあげてもいいよ?』だとか」

……なにも答えずニヤニヤ顔のあすか。

なんて妹だっ。

 

「――あのね」

ようやく口を開いたのは、愛。

「きょうは、そういう日なの。ときどき、そういう日を作ることにしたの。つまり、わたしがあすかちゃんを呼び捨てにして、あすかちゃんがわたしにタメ口になる日」

「……どんなルール設定じゃ、そりゃ」

「親睦を深めるためよ」

「もうじゅうぶん深まってるだろが」

「もっと深めたいのよ。わかって。理解して。アツマくん」

 

「お兄ちゃんも、頑固ものねえ」

あすかがおれに迫ってくる。

なにゆえか、愛の話しかたを真似るような感じで、

「たまには、こういうコミュニケーションのかたちがあったって、いいじゃないのよ。ヴァリエーションよ、ヴァリエーション。…おわかりかしら? お兄ちゃん」

「なーにがヴァリエーションじゃっ」

「そんなに聞き分けがないと……」

「は?」

「このマイメロのぬいぐるみ、お兄ちゃんのからだに押しつけるわよ☆」

「……。とりあえず、あすかはその語尾をなんとかしろ。違和感激しすぎる」

そういうこと言われると、ますます、おねーさんの語尾を真似たくなっちゃうのよね~~

 

……まったく聞き分けなく、おれの胃袋のあたりに、マイメロぬいぐるみをぐりぐり、と押しつけてくる、おれの妹。

 

……痛ぇ。