【愛の◯◯】夏の終わり、始まりのギター

 

……お兄ちゃんの取り合いになったりして、おねーさんには幼いところを見せてしまった。

お兄ちゃんにあまりにも甘えすぎだった。

反省。

 

あれから、頭を冷やしたので――お兄ちゃんに対する態度も普通になった。

あの夏祭りの衝撃から、徐々にではあるが、日常を取り戻しはじめている。

 

『桜子が、好きだ』

か――。

 

岡崎さんの衝撃の告白。

 

わたし、

去年に引き続いて、2年連続で空回りしちゃったんだな。

なにやってんだろ。

 

そろそろ夏休みも終わる。

夏休みが終わって――スポーツ新聞部も平常営業に戻るわけだが、

波乱の日々になりそうで、戦々恐々としている。

 

あ、

『作文オリンピック』の結果も発表される。

まだ少し先だけど。

気にならないわけがない。

正直、過剰な期待は、してないけどね。

 

× × ×

 

 

日常を取り戻しつつある…といっても、岡崎さんと縁日を楽しんだことは、甘い思い出として、わたしの中から抜けきっていない。

 

きょうなんか、岡崎さんと焼きそばを食べる夢で眼が覚めた。

 

そんな食いしんぼうな思い出に執着してる自分が情けなくて、しばらくベッドの上でもがいていた。

部屋の蒸し暑さも、不快感と自己嫌悪をあおった。

 

 

岡崎さんが当ててくれた縁日の景品、「ホエール君」を部屋に吊るしてある。

岡崎さんとの思い出の証拠。

そのホエール君を、なんとか起き上がってから、つかみ取ってプニプニといじっていじめた。

ごめんねホエール君、優しくできなくて。

サンドバッグみたいにはしないからね。

 

 

わたし――くよくよしてらんない。

きょうは行く場所があるのだ。

 

× × ×

 

外に出かけるため、上着を着替える。

 

鏡を見て、ストラップとか、ブラジャーの位置の細かいずれを整える。

そして、いろいろな意味で、ため息をつく。

「いろいろな意味」とはどういうことなのかは、企業秘密。

詮索しないでほしいな。

――でも、思わずこういうつぶやきが漏れてしまう。

「――ほんとに、お母さんに、新しいブラジャー買ってもらおうかな…」

この前、「買ってあげる」みたいなことを、お母さん言ってたから。

……、

……、

大人っぽいのがいいかな。

 

 

× × ×

 

 

「…こういう不必要ともいえる描写を経て、身づくろいをしたわたしは、無事、ギターを携えて、『ソリッドオーシャン』の練習場所に来たのでありました」

「…なに言ってんの!? あすか」

不審そうな眼でバンド仲間の奈美が見る。

「わたしたちのバンド描写も…なんだか久しぶり」

「だれに向かってしゃべってんの、あすか…」

奈美!

「わっっ」

「――『ソリッドオーシャン』ってバンド名は、変えないのね?」

「ほかに――すっごい良い案があれば、別だけど」

「そっか。

 なんだかんだで、『ソリッドオーシャン』って名前、気に入ってきたかも」

「う、うれしいよ! あすか」

「でも、もっと良い名前が浮かんだら、すぐに報告する」

「えええ……」

 

「きょうの奈美はあすかにタジタジだな~」と、ベースのレイがちょっかいを出す。

「あすかに負けないようにしないと、押されてるよ、奈美」ドラムのちひろも容赦ない。

 

「ふ、ふたりともひどいよ……」

「ほら、とっとと練習始めよ。文化祭、グズグズしてたら来ちゃうよ?」

「あすか…」

「どうしたの奈美」

なんかアンタ――かっこよくなった??

 

どうしてわかるの……

 

奈美は硬直しているわたしの肩を軽く叩き、

「心機一転、って感じだよ」

「心機一転、……」

「あすかはさ、」

「わたしは、?」

「転んでも、そのたびに、成長する。

 その成長を、繰り返す――そんな女の子なんだって思う。

 ホラ、七転び八起きっていうことば、あるでしょ?」

 

図星すぎて、

ギターを思わず落としそうになる。

 

「――冴えてる。冴えてるよ、奈美……」

「べつに冴えてなんかないよ。

 長い付き合いなんだしさ。

 久里香(くりか)だって、おんなじようなこと言うと思う」

疑り深くわたしは、

「もしかして、久里香の受け売りで言ってんじゃないの?」

「あー、それはない」

「ホントに!?」

「ホントによ」

「く、久里香みたいな洞察力なのね……」

「でしょお~?」

 

「形勢逆転だな」レイが言う。

「今度はあすかのほうが奈美に押されちゃってる」ちひろのイジワル。

 

「――そうだよ。

 わたしは、成長するたびに強くなるんだから。

 新しい戸部あすかを、文化祭で見せつけてやるんだから」

 

「だれに?」ちひろのイジワル2。

 

――ほら、スタンバイ!! 

 練習いつまでも始まんないじゃん!!

 

「あすか――かっこいいけど、ちょっぴしコワい」

奈美が小声でつぶやくのが聞こえた。

 

よし決めた。

ビシビシ行こう、きょうは。