借りていた本を返そうと思って、姉の部屋の前に来た。
ドアに近づいてノックしようと思ったら、話し声が聞こえてきたのでためらった。
あすかさんも中にいるらしい。
『…これなんかどう?』
『ちょっと、大きくありませんか?』
『だいじょうぶだよ~~、あすかちゃん胸大きいんだし』
『は、ハッキリ言わないでおねーさん』
……ぼくは、聞いてはいけないものを聞いているのかもしれない。
でもノックはすることにした。
ガチャッと姉がドアを開ける。
「本を返しに来たんだけど――」
「ごめんね、いま取り込み中だから、ここで渡して」
「服を、選んでいるの?」
「どうしてわかったの」
「だって…声が…聞こえてきちゃったから…」
「え~利比古のスケベ~~」
「し、しかたないじゃんか」
「とにかく、またあとで」
「わかった……」
部屋の中を、できるだけ見ないようにぼくは努めた。
× × ×
テレビでも観ようかなと思って階下(した)に降りたら、コーヒー牛乳を飲んでいるあすかさんに出くわした。
あすかさん、夏祭りが終わってから数日間、なんだか様子がおかしかったけど、もとに戻ったみたいだ。
なにがあったんだろう……。
夏祭りで、なにかがあったとしか、思えない。
途中から、グループの一団から離れて、部活の先輩と行動してたみたいだし。
――いや、詮索はやめよう。
「あの、あすかさん」
「なーに?」
「先程はすみませんでした」
「なんであやまるの」
「その、服を着ているときに、ノックしてしまったみたいで――」
「見たの?」
彼女は不敵に笑う。
ぼくは恐縮して少し体温が上がる。
「見ちゃったかー」
「ち、ちがいます!」
「ふ~~~ん、まあいいや」
なんでこんなに余裕しゃくしゃくなんだろう。
ぼくに対しては――年上の『おねえさん』の余裕なのか。
けれども、ぼくは言わなければならないと思った。
「その服――似合ってると思いますよ」
あすかさんの時計が、一瞬だけ止まった。
「――、
――、
――利比古くんってさ、
言いたいことは、ズバッと言っちゃうタイプだよね」
「そうかも……しれません」
「帰国子女だからかな?」
「それは違うと思います」
「きっぱりと否定するねえ」
マズいかな? と思ったが、
彼女は怒ることなく、またもや不敵な笑みを見せつけて、
「利比古くんのそういうとこ――堂々としてて、わたしは嫌いじゃない」
嫌いじゃないってことは――、
「あ、勘違いしないで、『嫌いじゃない』と『好き』は違うから」
ぼくの思考を先読みした――!?
コーヒー牛乳を豪快に飲み干した彼女は、こう言うのだった。
「利比古くん、CD聴こ、CD」
× × ×
21世紀初頭に発売された、日本のロックバンドのアルバムである。
あすかさんもぼくも、発売当時まだ産まれていない。
「――年代が前の音楽が好きなんですか?」
「関係なくない? 古いとか新しいとか」
「古いとは言ってませんよ」
「曲に集中して利比古くん」
ぼくのツッコミはスルーですか。
「でも最近の音楽より00年代や90年代のほうが好きなのは確かかもね」
「ぼくちょっと意外です。あすかさんロックが好きだったんですね」
「どこが意外なの?」
「え……それは……」
「じゃあ逆にロックじゃなかったらどんな音楽が好きだと思ってたの」
「うっ……それは……」
「ギターやり始める前からロックは好きだったよ。
ロックが好きだったから、ギターやり始めた、とも言えるけどね」
「そういえば、ロックバンドのメンバーなんでしたよね、あすかさんは」
「…聴きたい? わたしのギター」
それはもう。
聴きたくないと言ったら、ウソになる。
「聴きたいです。」
「……そっか。
いつ、聴かせてあげよっかな。
文化祭……。
文化祭、来る?」
「そこで演奏するんですか」
「する」
「…楽しみです」
「おおっ、行く気まんまんだ」
「ところでバンド名ってなんでしたっけ」
「『ソリッドオーシャン』っていうんだけど」
な、なんだろう、そのネーミングセンスは。
「どんな和製英語ですか――? その、『ソリッドオーシャン』っていうのは。海がどうしてカチコチに固くならなきゃいけないんですか」
「はっきり言うねえ。さすが、帰国子女」