9月といえば、なんといっても、文化祭!
わたしの高校では、9月の終わりに、文化祭が開催される。
今年もまた、ガールズバンドのギターで、参加する予定。
――あ、
バンド名、『ソリッドオーシャン』のまんまだったな。
意味がわからないバンド名であることは変わっていないので――ボーカルの奈美に、バンド名改変を、検討してみようかなあ。
まあ、新しいバンド名とか、わたしぜんぜん考えてないし。
奈美も「『ソリッドオーシャン』がいい!」って突っぱねるかもしれないし。
× × ×
授業終わり。放課後。
中庭で、ミヤジを発見したが、珍しく、バードウォッチングをしていなかった。
「なんでミヤジ、きょうはなんにもしてないの?」
ダラリ、とベンチに座っているミヤジに、声かけ。
「そんな日も、あるんだ…」とミヤジ。
「え、不調!?」とわたし。
「鳥が丸焼きされてる動画でも見ちゃったの!?」
「…なに言い出すんだ、あすかは。んなわけなかろう」
「夕ごはんのおかずが大量の唐揚げで、心苦しかった、とか…」
「あーのなーっ、あすか」
ミヤジは非常に面倒くさそうな目線で、
「そもそも、不調じゃないから」
「あ、そう」
「『あ、そう』じゃねーよ」
いきなりミヤジは立ち上がり、
「――あすか。」
え、え、なに。
正面から同じ目線の高さでわたしを見てる。
真っ正面から。
美人なおねーさんとかと違って、わたしの顔なんか見ても、なにも面白くないのに。
…そもそも、なんで急に立ち上がったの!?
「あすか。おまえは――」
ごくり。
「――おまえは、文化祭、バンドで出るんだよな」
「……そ、そんな、なんの変哲もないことを、どうしてわざわざ、立ち上がってまで」
「――なんとなくだ」
「やっぱ、調子がヘンなんじゃないの!? きょうのミヤジ」
答えてくれず、
「『ソリッドオーシャン』だっけ? まったく意味不明なバンド名だけど、文化祭のステージ、楽しみにしてるぞ」
わたしは、
「……ありがとう。楽しみにしてくれて」
と、言うしかない。
× × ×
意味もなく、進路指導室に来て、
進路指導室のドアに貼られている、偏差値の表を見る。
ミヤジの様子がヘンだったから、気を落ち着かせたい……という意味は、あったかもしれない。
ドアの前で棒立ちになっていたら、
もう一方のドアから、徳山さんが出てきた。
「あら、あすかさんじゃない。奇遇ね」
「……」
「どうしたのあすかさん? 考えごと?」
「……ううん。偏差値の表を、ただ眺めていただけ」
「あなたは推薦入試を受けるんだし、その表は、あまり関係ないと思うんだけど」
「……だよね」
静かな足取りで、わたしの横に近づいてきて、
それから、わたしと同じように、偏差値表を眺める。
「◯央大学の偏差値が……また、上がってる」
「く、詳しいんだね、偏差値に」
「一般入試組だから、敏感なのよ」
そっか…。
「校内は文化祭に向けて盛り上がってるけど」
偏差値表に視線を当てたまま、
「わたしは、来年の春に向けて、気持ちが盛り上がっているわ」
「……徳山さんは、行動が早いね」
「そんなことない。遅いくらいよ」
わたしのほうに顔を向けて、
「あすかさんこそ、もっと早く動かないとダメでしょう」
「……そのとおり」
「動いてる?」
「――うん、動いてる。もうすぐ、推薦入試の出願も、固める」
「そろそろ、志願する大学も、決めるのね」
「決める。」
「あなたは、自己推薦になると思うんだけど」
「そうだよ」
「ま、あなたなら、大丈夫でしょう」
そう言ってから、
徳山さんは、優しくわたしの左肩をぽーん、と叩いて、
廊下の向こうに歩いていった。
徳山さんにスキンシップされたの……初めて。
よりいっそう、縮まる距離感。
× × ×
「生徒会有志が、新しい試みをするんだって。
後夜祭が新しくなるらしいよ。
型(かた)にはめられたオクラホマミキサーとかじゃなくって、
後夜祭のダンスを、フリーダンスにするって。
つまり、自由に、だれと踊ってもいいというわけ。
楽曲もリクエストで決めるって。
…『ぼくと踊ってください!』って、女子に言う男子も、出てくるんだろうな。
もちろん、好きな娘(こ)に。
『ぼくと踊ってください!』っていうのが、もう、告白同然だよね。
…加賀くん、キミも、そう思わない?」
「いや…無茶振りか」
加賀くんは、将棋の駒を手に、キョトーン。
「加賀くんも『ぼくと踊ってください!』って、言えばいいじゃん」
「…や、目的語が、ねーだろ。『だれに』言うのか」
「フフフフフッ」
「き、気色悪いなっ」
「あのねー」
「なんだよっ」
「もう、加賀くんが入部してから、1年半近く経つから……、
だいぶ、キミのことが、わかってきたよ。
……ううん、『だいぶ』どころじゃないや。
手にとるように、キミのことは……わかる」
「……気色悪いことを言いまくりやがって」
「お姉ちゃんはなんでも知ってるんだもん☆」
「……やめれ、お姉ちゃん気取りは」
「なんで~?」
「頼むから、やめてくれ。おれはあんたの弟じゃない……」
「――悲鳴を上げたい、って顔だね」
「平手(ひらて)で叩き潰すぞ」
「えええええっ!?!? 物騒なこと言わないでよ」
「――すまん、ことばが足りんかった。
『平手(ひらて)』ってのは、将棋の、駒落ちがない対局のことなんだ」
「――ああ、そういう意味だったんだね」
「…やるか? 平手の対局」
「おことわりわりのおことわり」
「…どういうフザケっぷりだよ」