ダイニング・キッチン。
マグカップをコトリ、と置き、真向かいのおねーさんに、
「おねーさん。読書中のところ、申し訳ないんですが」
顔を上げる彼女は、
「どうしたの? あすかちゃん」
「読書の邪魔をしちゃって、ほんとうに申し訳ないんですが」
「え……。別にいいけど、話しかけられても」
優しい。
おねーさん、ステキ。
「わかりました。……実は、相談事がありまして」
「なあに? 相談事って」
「わたしのやってるロックバンドについてのことなんですけど」
「『ソリッドオーシャン』?」
「そうです『ソリッドオーシャン』です。ホントのホントに、どうしようもないバンド名ですよね」
「まさか相談事って、バンド名変えたいとか」
「違います」
わたしは、おねーさんの眼を見て話すよう、心がける。
「ボーカルの奈美がですね……」
「奈美ちゃん? 奈美ちゃんが……?」
「音楽活動を休止したいそうで」
「エッ、どうしてまた」
眼を見張るおねーさんに、
「学業に専念したいそうで。奈美、大学の学科がイタリア語学科なんですけど、語学の能力を磨いていきたいって。バンド活動と掛け持ちしたら、中途半端になっちゃうからって」
と説明する。
「奈美ちゃん、イタリア語学科だったのね」
「あれ? 言いませんでしたっけ」
「ごめんね。忘れちゃってたみたい」
「忘却の彼方でも、ぜんぜん差し支えない情報ですけど」
「……珍しいわね、イタリア語学科のある大学なんて」
「珍しくてもいいじゃないですか。ブログなんだから」
「……そうかしら」
「奈美は、自分の苦手を克服するために、外国語系の学科を選んだんです」
「洋楽が歌えるようになりたかったのよね、彼女。でも、英語英文科とかじゃダメだったの?」
「当初は、英語を学ぶつもりだったんです。だけど、ご両親に連れられて行ったイタリア料理店の味に、ものすごーく感動したらしくて」
「……なるほど」
「『もちろん、イタリア語だけじゃなくって、英語の能力も磨いて、バンドに復帰したい』って言ってましたよ?」
「復帰までに、どのくらいかかるのかしら」
「そこが問題なんですよ」
「長引きそうなの」
「ハイ」
ここで沈黙するおねーさん。
やがて、なにかに気づいたかのように、
「代わりのボーカルを……あすかちゃんは探してて。それで、『心当たりはないですか?』って、わたしに訊きたくて」
するどいなあ~~。
「冴えてますねおねーさん。相談事って要するに、そういうことなんでして」
「まさか……わたしにボーカル、やってほしいとか」
「そんなこと思ってないです。おねーさんはたしかに、奈美なんかより5段階ぐらい歌が上手いけど、無理な頼みごとなんかしない主義なので」
「そ、そう」
「あのですね」
ここからが、重要。
「おねーさんのサークルの後輩に――和田成清(わだ なりきよ)くんって、居るでしょ??」
ピン! と来たかのように、
「もしかして、成清くんを、スカウト!?」
「成清くん、たいそうお歌がお上手なようで」
「そ、そうね。声域が広くて、いろんな歌い分けができるし。で、でも……!」
ふふふ。
おねーさんの懸念事項、把握してますよ。
「彼は……男の子よ。彼が加入したら、女子3人に男子1人のバンドになるわけよ」
懸念ももっともだが、
「スリルがあっていいでしょ」
と、明るく言うわたし。
懸念のおねーさんは、
「あなたにはミヤジくんがいるけど、ベースのレイちゃんとドラムのちひろちゃんは、たしか……」
「……瓦解(がかい)しないか、心配で仕方がなくなってきたわ」