放課後。
例によって旧校舎の「第2放送室」に篁(タカムラ)かなえと居るんだが、
「顧問が欲しいよね」
とタカムラがいきなり言い出したので、ビビる。
「と、唐突だなタカムラ。ビックリしちゃったぞ」
「なんでビックリするの? できるだけ早く顧問の先生付けなきゃでしょ」
まあ、それは、確かに……。
「アテはあるのか。おれたち入学したばっかりだし、まだ先生のコトよく知ってないよな」
「アテならあるよ」
「どの先生だよ?」
「英語の守沢(もりさわ)先生」
「守沢先生? なぜ」
「彼、新任教師でしょ? 授業で言ってたんだよ、『まだ受け持つクラブ活動が決まってない』って」
「へえ。そんなコトもあるんだな」
「まだどこの顧問にもなってない今が狙い目だよ」
言うやいなやタカムラが勢い良くパイプ椅子から立ち上がった。
「わたし職員室に突撃する」
突撃って、おいおい。
「豊崎(とよさき)くんは留守番ね」
× × ×
タカムラが職員室から守沢先生を「第2放送室」に連れてきた。
タカムラの行動力は認めるが、行動力があり過ぎるのも困りものだ。
絶対、守沢先生を強引に引っ張ってきたんだろ。
守沢先生の顔が青白く見えるぞ。
3人ともパイプ椅子に座っている。
おれから見て左斜め前がタカムラ、右斜め前が守沢先生。
「――で、守沢先生は、わたしたちの顧問になってくれますよね!?」
タカムラの先制攻撃だった。
先制攻撃を食らった先生は驚き、あんぐりと口を開けている。
「おいタカムラっ、いきなりそれは無いだろ」
「それってどれ? 豊崎くん」
タカムラはおれの顔を見ないでそう言って、先生に迫るように、
「わたし守沢先生のコト、もうかなりインプットしてるんですよ」
と不穏さタップリのコトバを発したかと思えば、
「フルネームは守沢直樹(もりさわ なおき)。秋田県出身。教育学部の英語英文学科を出たばっかりのフレッシュティーチャー」
「おいおいおいタカムラ。おまえ先生の出身大学も知ってそうでコワいぞ」
「知ってるけど、豊崎くんは黙ってて」
知ってるのかよ!!
非情なタカムラによって、守沢先生の出身大学までも明るみに出されてしまった。
「……タカムラさん」
守沢先生は弱った声で、
「ぼく、授業とかで出身大学なんか話した記憶無いんだけど」
「大学時代のサークルは何だったんですか?」
会話の文脈などお構い無しにタカムラが質問を浴びせる。
なんだコイツ。
目上の人間の個人情報ほじくるのが好きなのか!?
可哀想な先生は弱々しく、
「いちおう、『漫研ときどきソフトボールの会』ってのに入ってたんだけど……あんまり行ってなかったし、幽霊会員みたいな存在だったと思う」
好き勝手なタカムラが、腕を組み、うなずきながら、
「それはダメですねえ」
と言った。
「こ、コラッ、タカムラっ!! 失礼だぞ」
慌てておれは叫んだ。
コイツがこんな態度のままだと、守沢先生に顧問になるのを拒否されてしまう……!!
首をふるふる振った守沢先生が、
「いいんだよ豊崎くん。ダメなのは事実なんだから」
認めちゃうんですか!?
「大学のサークルだけじゃなく、中学高校の部活でも、ずっと影が薄くてさ……」
そ、そんな消え入りそうな声で哀しいコトを言わないで……!!
「中学高校ではどんな部活を? 運動部ですか? それとも文化部?」
「やめろタカムラ!! 先生の傷口を広げるような真似は許さない」
腰を浮かせておれは無礼な同学年女子を抑え込もうとする。
「豊崎くんってそんなに守沢先生のコト好きだったんだね」
「なにを言い出しやがる」
「先生!!」
おれに取り合わないタカムラ。先生を追い詰めていくタカムラ。
ついに、
「先生の英語の授業、もっと面白くならないんですか!? ぶっちゃけ、先生の授業、つまんないです」
右拳を硬く握っておれは立ち上がる。
「なに豊崎くん。わたしをグーで殴りたいの」
「そのつもりは無い。そのつもりは無いが……」
「なにがしたいのか理解できないよ」
ああ、そうだな、タカムラよ。
握った右拳の行き場所が無い。
無いんだが、せっかく「グー」を作ったからには……。
「タカムラ」
「なに?」
「ジャンケンだ。おれとジャンケンをするんだ」