夕方。
横浜駅。
おねーさんと利比古くんのお父さんの守さんを待つ。
守さんとディナーに行くのだ。
約束の時刻の3分前に守さんはやって来た。
「待たせちゃったかな、あすかちゃん」
「いえ、そんなコトありません」
羽田姉弟のお父さんと向かい合うわたし。
視線を逸らすのは失礼だから、顔を見る。
優しい笑み。
暖かそうな人柄が滲んでいる。
だから、おねーさんと利比古くんの姉弟がちょっぴり羨ましくなってしまう。
× × ×
『羨ましがり過ぎちゃダメだ』
そう自分を叱りながら、守さんの少し後ろを歩く。
かなり上品なレストランだった。
2時間以上服装を考えた甲斐があったかもしれない。
おねーさんみたいな優雅さを身にまとうコトはできないから、服装を考えても考えてもコドモっぽさを拭うコトはできない。
だけど、今日守さんと会う時間は特別な時間だから、わたしなりに精一杯努力してみた。
『なにか飲む?』とお酒を勧められたけど、辞退した。
『それならば』と、守さんもノンアルコールで行くコトに決めてくれた。
メインディッシュの肉料理が運ばれてきた。
お肉にナイフを通す。
信じられないぐらい柔らかい。
ここまで柔らかいお肉を食べるの、超久々。
× × ×
食後のコーヒー。
「とっても美味しかったです」
『美味しかった?』と訊かれる前に伝える。
先手を打ったわたしに、
「お肉がいちばん美味しかったでしょ?」
と守さんが言ってくる。
正解、なんだけど、
「なんでわかるんですか……。お父さん、じゃなくて、守さん」
と、わたしは冷静を保てない。
思わず「お父さん」と言ってしまった。
大失敗。
でも守さんは、
「言い直さなくたっていいよ」
と言い、コーヒーを上品に飲み、それから、
「きみの素直な気持ちが感じられるほうがいいから」
と。
コーヒーがどこまでぬるくなっても、飲んだらカラダが熱くなりそうな。
そんな状態に……。
× × ×
守さんのクレカ一括払い。
明細を見ないように努力する。
店外。少し気温が下がっている。
主に恥ずかしさで構成されているわたしの火照りも少し和らぐ。
前を歩いていた守さんが立ち止まり、
「あすかちゃんはバンドやってるんだよね?」
とわたしを見下ろしながら言う。
「はい。大した活動もしてませんけど」
謙遜のわたし。
「そこで謙遜するトコロが、おれの娘との違いだな」
え、えっ!?
「わたしと、おねーさんの……違い!?」
戸惑うが、戸惑いは流されて、
「この近くにCDショップあるの知らない? おれ大学が横浜だったからさ、昔っからよく通ってたんだけど」
「知ってます。有名なショップですよね」
若干ふにゃついた声でわたしは答える。
「まだ開いてるだろうから、行ってみようや」
思いがけない提案。
矢継ぎ早に、
「せっかくの機会だ。好きなCD、あすかちゃんに買ってあげる」
「守さん、そんな……」
「あーっ。いきなりな提案だったから、戸惑わせちゃったか」
「……」
「だけど、聴いてみたいバンドとか、いっぱいあるでしょ?」
苦笑いしつつ、右人差し指でほっぺたを掻きながら、
「愛や利比古を通じて、きみの音楽好きはよーく知らされてるから」
と言い、
「当ててあげよーか。今きみがいちばん気になってるロックバンド」
× × ×
守さんのお金でCDを買い込んでしまった。
総額が1万5千円を超えてしまった。
CDの詰め込まれた袋を掴む右手に余計なチカラが入ってしまう。
今度は守さんが左横で歩いている。
でもわたしの視線は歩道の敷石に。
「あすかちゃん」
呼び掛けられる。
縮こまる。
「『悪い』なんて、思わなくたっていいから」
わたしは情けない声で、
「ごめんなさい。守さんのサービス精神が旺盛過ぎて、上手く消化できてないんです」
「無理も無い」
『なんで、ここまでしてくれるんだろう』
疑問は、ある。
だけど、並行して、ここまでしてくれる『理由』の輪郭も、おぼろげに見えてくる。
きっと……。
「おれが、良馬先生の代わりになれないのは、十二分に理解してるよ」
一気にくっきりとなる、『理由』の輪郭。
守さんは続ける。
「だけど、きみの開いた穴を埋めてあげるのも、おれたち夫妻の務めであるとも思うから」
こそばゆい感覚。
なんとも言えない感情が湧き上がる。
言語を扱うのは得意なほうだって自認してるのに、じょうずに言語に置き換えられない。
「帰国して、いきなり『ふたりでメシ食う』なんて誘って、戸惑わせちゃったけど。やっぱり、きみやきみのお兄さんのサポート役、買って出たいキモチが強くって」
いまだ感情を言語に置き換えられず、ひたすらに守さんに耳を傾ける以外のコトができない……そんなわたしに、優しさと強さのみなぎった声で、
「きみたちには、なんでもしてあげたいんだ。今日はサービス具合が大げさだったかもしれないけど。……それでも、あすかちゃん、きみを精一杯喜ばせたかったから」
と、守さんは、伝える。
まだコトバが出てこない。
だけど。
守さんがしてくれたコトのお返しに。
ほんとうの父娘みたいに、距離を詰め、肩を寄せていく。