活動教室。
眼の前には、加賀くん。
恥ずかしそうに、立っている。
「……。
副部長として、言わせてもらう。
その……。
合格おめでとうございます、あすかさん」
――思わず、吹き出してしまいそうになるわたし。
吹き出しちゃいけないんだけどね。
――加賀くんは、見かねて、
「その態度はねーよ……おれ、慣れない敬語まで持ち出して、祝福してあげたのに」
ごめんごめん。
「ごめんごめん、加賀くん」
……そっと彼の右肩を叩き、
「ありがとう」と言う。
スキンシップに動揺したのか、彼は顔を赤らめる。
「お……おれは、将棋盤に戻る」
「うん、戻っていいよ」
「……とつぜん、肩に触るのはやめてくれ。ビビる」
いいじゃん、たまには、さ。
そこそこ長く、いっしょに部活にいるんだし。
――ビビっちゃうのか、それでも。
加賀くんが定位置にしりぞく。
代わって、1年生トリオに相次いで祝福される。
ヒナちゃん。
「ほんっとーによかったですっ!!
あたし、あすか先輩の合格が嬉しくって、泣きそうになっちゃった!!
というか、ちょっと涙出た!!
きょうは、たくさんたくさんお菓子食べてください!! 特にアメちゃんはいっぱい持ってきてるんで」
ソラちゃん。
「あすか先輩、ほんとうにおめでとうございます。
わたし、先輩の『銀メダル』の作文に導かれて、この部活に入って……ほんとのほんとに良かったと思ってます。
先輩は、この学校のヒーローです。
大学でも、輝いてくださいね……!」
会津くん。
「ボクも水谷と同じ気持ちです。
戸部先輩の、作文オリンピック『銀メダル』の輝きは、永遠にこの学校の歴史に残ると思います。
戸部先輩……これからも、憧れさせてください。
おめでとうございます。じぶんのことみたいに、嬉しいです」
× × ×
顧問の椛島先生が、活動教室に入ってきた。
もちろん、わたしが合格したことを、知っている。
わたしの合格があまりにも嬉しかったのか――ハグされた。
「――なにも抱きしめなくたって」
「いいじゃないのよ。わたし感動してるのよ、あすかさん」
「教師に抱きしめられるなんて――初めてです」
「そうなの……あすかさんの『初めて』に、なっちゃったわね」
「もう。椛島先生、エッチなんだから」
身をほどく。
スキンシップに飽き足らないのか、わたしの頭頂部に手のひらをくっつける。
くっつけたまま、
「『あの3人』に、連絡しちゃった」
「桜子さんと岡崎さんと瀬戸さん――に?」
「そう。連絡先知ってたから」
「……知ってたんですか」
「グレーゾーンだけど」
「……はしゃいでますね。椛島先生も」
「――連絡したらね、3人とも、リモート出演してくれるって」
「リモート出演?」
「パソコン、あるでしょ? ネットに繋げられるでしょ?」
× × ×
3人のOG・OBが、モニター画面に映る。
一宮桜子(いちみや さくらこ)さん。
岡崎竹通(おかざき たけみち)さん。
瀬戸宏(せと こう)さん。
いずれも、わたしの1つ上の先輩だ。
ちなみに、桜子さんと岡崎さんは、つきあっている。
「――岡崎さん!」
『え、おれ!?』
「はい、岡崎さんを呼んだんです」
『どうして、おれを、単独指名……』
「ふふふ」
『……すごい笑いかただな』
「――応援してくれてました?」
『――まず大丈夫だ、と思ってたよ。あすかさん、きみの実績と実力なら』
「信じてくれてたんですね」
『まぁ……そうともいう』
岡崎さんとは……いろいろ、あったからなー。
真っ先に呼びかけたのには、『そういう』背景も、あった。
そして……わたしは、同時に映っている桜子さんの様子にも、気を配りながら。
「岡崎さ~ん」
『……なぜにもう一度、呼びかけを』
「ジュンチョーですか??」
『え? な、なにが』
「とぼけちゃいけません」
『えっ……』
「桜子さんのマンションのお部屋、行ってますか?」
はい。
絶句、いただきました。
『あすかちゃん……エッチね、あなたも』
そう言ったのは桜子さんだった。
桜子さんは、千葉大の近くに引っ越しちゃったけど――通ってるんだな、岡崎さん。
断定できる。
千葉まで通う交通費なんて……すずめの涙、なんだろう。
岡崎さんと桜子さん……3年かけて、卒業間際でようやく、くっついた。
もうひとりのOBの瀬戸さんが、まだ少し初々しいカップルの様子になかば呆れつつ、わたしに向かって祝福のことばをかけてくれる。
『おめでとう。めでたいことだ。うん、めでたい』
「ありがとうございます瀬戸さん。……ところで」
『な、なんだい、』
「……どうですか? 神岡さんとは」
『!』
不意を打たれた瀬戸さんに……容赦なく。
「パートナーに、なれていますか? 神岡さんの背中、押してあげられてますか?」
瀬戸さんは、ほっぺたをポリポリかいて言う。
『……もちろんさ』
「――いいですよね。夢を応援する瀬戸さん。夢を応援される神岡さん。もちろん気持ちは通じ合っていて……」
『……』
「あちゃ。わたし、はしゃぎすぎちゃったかな。合格の、喜びで」
『あすかさん――』
「なんでしょうか?? 瀬戸さん」
『――きみも、パートナーを、作ろうよ』
「!」