流さんとギクシャクしてしまった。
今朝、ダイニングでもろくすっぽ顔を合わせられず、一緒の空間にいるのがつらくて、朝食を投げ出して、自分の部屋に逃げ帰った。
部屋のベッドのなかに逃げ場所を求めたわたし。
避け続けで、流さんともう一度向き合おうとしないわたし。
最低、最低、最低。
× × ×
部屋のベッドのなかに潜り込んでいたら、ノックの音がした。
「あすかちゃん…なのね」
『はい』
あすかちゃんはドアを半開きにして、
「おねーさん伝言です」
ベッドに潜り込みのまま、わたしは弱々しく、
「…なに」
「流さんが、おねーさんとキャッチボールしたいそうです」
なによ、それ、
なんなの、流さん、なにがしたいの。
「意味わかんないっ」とわたしは突っぱねたが、だんだんあすかちゃんはベッドに寄ってきて、
「――せっかくだし、してみたらいいじゃないですか、キャッチボール。」
そう言いつつ、掛け布団越しに、わたしの背中をスリスリと撫(な)でた。
それからわたしの手を握って、
「わざわざ、流さんがお願いしてくれてるんだし」
「歩み寄れってこと」
「はい。」
ずいぶん、単刀直入に言うものだ。
言いかたは優しいけれど、有無を言わせない威力が、あすかちゃんのことばには備わっていた。
「あすかちゃんが、そう言うなら」
むくり、と起き上がると、あすかちゃんが『にぱーっ』と笑っていた。
有無を言わせない笑顏だ…。
× × ×
「はじめて、じゃないですか? 流さんとキャッチボールするのって」
「そうだっけ?」
流さんがキャッチできるように、心配りをしてボールを投げる。
「もっと速く投げても取れるよ」
「そうですか?」
けれど、乱暴な球を投げたくはなかった。
「ペナントレースがなかなか始まらなくて、いけないね」
「ほんとですよね」
「愛ちゃん、横浜ファンだったでしょ」
「……だから、夜毎(よごと)3年前の三者連続ホームランを思い浮かべてるわけです」
「……ぼくは、野球のことは、残念ながらあんまり詳しくないんだけどね」
そして「すまないね」とつぶやいて、わたしにボールを投げ返してくる。
意外とコントロールがいい。
しばらく、無言のキャッチボールが進行した。
「悪かったよ、きのうは。
きみを戸惑わせるようなことを言って」
――そのことばに若干動揺して、捕球したグラブを思わずしばらく見つめた。
流さんは続ける。
「つらい思いを、させちゃったと思う。
申し訳なかった」
「あすかちゃんが」
「あすかちゃんが?」
「――お見通し、でした。
情けないな、わたし。
あすかちゃんにハッパかけられないと、動けないなんて」
「怒られたの?」
「いいえ、彼女は笑ってました」
「そうか、笑いかけられると、厳しいものがあるよね」
「はい、あすかちゃんの笑顏が厳しかったです」
そうやって、お互いのあいだの緊張をほぐしながら、ボールのやり取りをしばし重ねて、
わたしはようやく、
「逃げてて――ごめんなさい」
と言えた。
「愛ちゃんは悪くないよ」
「流さんのことばから逃げてたんです。
『たまには自分に同情してもいいじゃないか』っていうことばから。
でも――、
残念だけど、
やっぱりわたし、わたし自身には同情できないと思います」
――そう言ったあとで投げたボールは、少しだけ、アツマくんに投げるみたく、鋭い速球になってしまっていた。
でもその速球を、流さんは、あっさりと、しっかりと、グラブで受け取ってくれた――。
× × ×
「疲れたから甘いものでも食べようじゃないか」
「おごってくれるんですか!?」
「もちろん」
「じゃあわたし、あすかちゃんも呼んで来ます」
「えーと、
実はその……あすかちゃんが、
『おごるって言ったらわたしも呼んでくるだろうからその時は引き止めてください』って」
「えっ、それってつまり」
「そう…実は、ふたりで行って来い、っていう、あすかちゃんの命令なんだ」
「手厳しいですね」
「…ま、よっぽど、『わだかまり』が続いてしまうのが、我慢ならなかったんだろうね」
「強制デートですね」
「あすかちゃんによる、ね」
× × ×
近所で人気の甘味処をわたしは所望した。
そしてその甘味処のクリームあんみつをわたしは所望した。
クリームあんみつは、仲直りの味がした。